どうでしょう最新作

6月 25, 2007 under TV

水曜どうでしょう 「最新作!一挙放送[前]」
6月24日(日) 26:35~28:25
テレビ朝日 Gコード(65420944)

いわずと知れた北海道ローカルHTVから口コミで広まった番組だ。
数年前に、いろいろ手を尽くして入手し、ひと夏かけて放映をすべて観ている(笑)。
その後、大泉洋は全国ネットにも顔を出すようになった。
試験に出るどうでしょうシリーズとやはり四国シリーズだ。
最新作には期待している。

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全会一致の重み

6月 24, 2007 under 時事・社会

沖縄での「集団自決」に日本軍の関与がなかったとする歴史教科書の書き換えに対し、沖縄県議会が全会一致で抗議をした。
重要な出来事である。
与党とか野党とか言っている場合ではない。
地方選のさ中、こうした全会一致の抗議ができたことは重要だ。
担当大臣や官僚たちも、この重さを認識し、検定意見を撤回すべきだ。
修正主義によって、末端や周縁などの歴史は、国(あるいは修正主義者の自尊心を担保するため?)に都合がいいように書き換えられてしまう。
昨年はサイパンやテニアンに調査に行ってきたが、こうした南方諸島でも集団自決や自殺はあった。
多くは崖から飛び降りたのである。
バンザイ・クリフやスーサイド・クリフとして、現在では地名となっている。
捕虜になることを禁忌としていた日本軍や当時の政府の指導方針によって、追い詰められた軍人や民間人が自殺によって生命を落としたのである。
これらの出来事はアメリカの新聞で取り上げられ、それをまた当時の日本の新聞が取り上げ、「日本人の鏡」のように推奨し、讃えたのである。
これをモチーフに絵画を描いた画家もいる。
こうして南方の軍事拠点を確保した連合国(アメリカ軍を主体とする)は、本土爆撃、原爆投下、沖縄占領へと駒を進めることができたのである。
太平洋戦争は、突入した時点ですでに失策であったといわれるが、少なくとも、南方が陥落した時にやめていれば、その後の東京大空襲や広島長崎の原爆投下、沖縄の集団自決もなかったハズである。
それを、南方の民間人の自殺までをも美化して、挙句の果ては本土決戦などを叫んできたのである。
むしろ、政府、軍部、マスコミ、などの責任をもう一度問い直すべきである。
旧日本軍の書類がない、とか、軍隊は官僚組織だから書類がないのは考えられない、とか、だから強制はなかったのだ、とかの修正主義者たちのお決まりの論法に騙されてはいけない。
書類などは終戦時に組織的に焼却したのだし、戦地からの戦後の引き上げは手荷物を厳しく制限していた。
手紙や写真すら持ち帰れなかった兵士や民間人が沢山いる。
昭和期の新聞はマイクロフィルムなどの形で所蔵している図書館は多い。
ちょっと調べれば、どのような社会であったのかはすぐに分かる。

集団自決巡る検定意見、全会一致で撤回要求 沖縄県議会
高校生の日本史教科書の検定で、沖縄戦の際に日本軍が住民に集団自決を強制したという記述が削除された問題で、沖縄県議会(定数48)は22日、検定意見の撤回と記述の回復を求める意見書を全会一致で可決した。意見書は集団自決について、「日本軍による関与なしに起こり得なかった」としている。あて先は首相、文部科学相などで、議員団が同日上京し、要請した。
意見書は、文科省が集団自決について「日本軍の命令があったか明らかではない」「最近の研究成果で軍命はなかったという説がある」としているのに対し、「日本軍による関与なしに起こり得なかったことは紛れもない事実であり、今回の削除・修正は体験者による数多くの証言を否定しようとするものである」と反論している。
 そのうえで、「筆舌に尽くしがたい犠牲を強いられた県民にとって、今回の削除・修正は到底容認できるものではない」と批判している。
 意見書を巡っては、野党側は当初、集団自決には「軍の命令・強制・誘導」があったと明記するよう要求。これに対し、自民党が「軍命はなかったとの証言もある」などと難色を示した。だが、県議会として検定意見の撤回を求めることを優先し、「日本軍による関与」との表現で与野党が折り合った。
 7人の沖縄県議団は22日、文部科学省や内閣府を訪れた。前島明男・文教厚生委員長によると、文科省側からはこれまでと同様、「検定調査審議会が客観的に判断している」という趣旨の説明しかなかった。前島委員長は面会後、「誠意が感じられない」と語った。
 一方、県内の市町村議会でも検定意見の撤回を求める意見書の可決が相次いでいる。22日現在、41市町村の議会のうち36議会に上っており、残りのほとんどの町村議会も可決する見込みだ。
『朝日新聞』(2007年06月22日15時19分)
http://www.asahi.com/politics/update/0622/SEB200706220016.html

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輸血、信仰、親権

6月 24, 2007 under 講義

次回の講義から新宗教を扱うが、ここ数日の次の報道なども考えていおいて欲しい。

エホバ女性信者が輸血拒否し死亡、病院と同意書交わす
 大阪医科大学付属病院(大阪府高槻市)で5月中旬、帝王切開の手術を受けた宗教団体「エホバの証人」の女性信者が、宗教上の理由から輸血を拒否し、死亡していたことがわかった。病院側は本人や家族に死亡の危険性を説明したうえで、輸血拒否の同意書を交わしていた。
 同病院によると、女性は妊娠42週目で、帝王切開の手術をしたが、子どもを取り出した後、子宮外から大量に出血。止血したものの輸血は行わず、女性は数日後に死亡した。子どもの命に別条はなかった。
 宗教上の理由で輸血を拒む患者について、同病院が2年前に作成したマニュアルでは「患者の意向を最大限に尊重したうえで治療に当たる」と規定している。今回も、マニュアルに基づいて本人から同意書や医師の免責証書を得たほか、家族にも輸血の許可を再三求めたが、断られたという。
 同病院は「最善の処置を取った。治療上の問題もなかったが、結果的に亡くなったことは申し訳ない」としている。
 エホバの証人の信者に対する輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、自己決定権を侵害したとして、2000年に最高裁で敗訴が確定。以降、患者の意思に反して輸血はしないとの指針を持つ病院が増えている。
(2007年6月19日23時12分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070619ic23.htm

親拒んでも15歳未満輸血、信仰より救命優先…学会指針案
 信仰上の理由で輸血を拒否する「エホバの証人」信者への輸血について、日本輸血・細胞治療学会など関連5学会の合同委員会(座長=大戸斉・福島県立医大教授)は、15歳未満の患者に対しては、信者である親が拒否しても救命を優先して輸血を行うとする指針の素案をまとめた。
 「信教の自由」と「生命の尊重」のどちらを優先するかで悩む医療現場の要請に応えて検討を始め、「自己決定能力が未熟な15歳未満への輸血拒否は、親権の乱用に当たる」と判断した。
 合同委員会はこのほか、日本外科学会、日本小児科学会、日本麻酔科学会、日本産科婦人科学会の国内主要学会で組織。年内に共通指針としてまとめる。
 エホバの証人への対応はこれまで、日本輸血・細胞治療学会(当時は日本輸血学会)が1998年、18歳以上の患者は本人の意思を尊重し、12歳未満の場合は、家族が反対しても輸血を含む救命を優先するとの指針をまとめていた。しかし12~17歳については、発育途上で判断能力に個人差があるとして対応策を示していなかった。
 今回の素案では、治療法に対してある程度の自己決定ができる年齢を、義務教育を終える15歳に設定した。15~17歳の患者については、本人と親の双方が拒めば輸血は行わないが、それ以外、例えば本人が希望して親が拒否したり、逆に信者である本人が拒み親が希望したりした場合などは輸血を行う。
 15歳未満の患者に対しては、本人の意思にかかわらず、親が拒んでも治療上の必要があれば輸血する。18歳以上については、これまでの指針通り、親の意向にかかわらず本人の意思を尊重する。
 大戸教授によると、エホバの証人信者が子への輸血を拒否する事例は、大学病院など全国100以上の病院で少なくとも毎年数例は起きていると推定される。
(2007年6月24日3時3分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070624i101.htm

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サイエンスZERO

6月 23, 2007 under TV

あーーーーっ?!!
いつの間にか、眞鍋かをりから安めぐみになっているぅ?!
急にほわほわした雰囲気に変わってしまった。
心なしか知的レヴェルが下がったような気がするのだが・・・。
ううむ。

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「映画工作」研究の方法論

6月 22, 2007 under 調査・研究

後藤康行「『映画工作』研究の方法論:上海租界における日本映画の上映から考える」『東アジア近代史』2007年、143-162ページ。
ご本人から頂いた。
著者は現在専修大学大学院博士後期に在籍しながら任期制助手も兼ねている。
共同研究などで、週に一度は必ず会っているのでよく知っている間柄だ。
成果が出るたびにいつも頂いている。
さて、本論考は非常に興味深かった。
上海租界において上映された映画を当時の新聞広告から集成した表も掲載されている。
「映画工作」というと、「国策映画」という言葉がすぐに浮かび、いかにも「臣民化」のためのイデオロギー装置といったイメージが強いが、実際上映されていたのは基本的には娯楽映画ばかりであったことが明確である。
「工作する側」「工作される側」といった単純なイデオロギー図式はあてはならないのである。

 こうなると、「映画工作」を研究する際には、「工作」をする側、される側の意図などは大きな問題ではなくなる。どのような意図であれ、戦時下という状況では映画を上映すること、映画を観ること、そこに大きな意味がある。それぞれの主体(ここでは中華電影や観客)の意図を超えたところにまで「映画工作」研究は焦点を当てるべきなのである。
 それでは、意図を超えたところをどうやって分析してゆくのか。これは、上映された作品が持っている性質や意味を分析していくことでみえてくるのではないだろうか。「工作」をする側、される側双方をつなげているのは作品である。戦争映画や娯楽作品というような大まかなジャンルで分けるのではなく、作品一つ一つの意味を探っていくべきであろう。p.155

こうして、いよいよ租界という特殊な状況における作品分析へと入ってゆくべきことが示唆されている。
読後、彼にはポストコロニアル・スタディーズなどの研究をいくつか紹介したのは言うまでもない。
そして、ポストコロニアル・スタディーズとは無関係に、こうした地平にまでたどり着いた地道な研究態度とセンスに賛辞を送りたい。

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手元に欲しいが

6月 18, 2007 under 読書

とても買えない(笑)。

桁を一つ間違えているのではと思える値段だ。
でも医学書はこんなものなのか?
ううむ。

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田代島

6月 18, 2007 under 日記

イタリアのどこか、地中海に浮かぶ小さな島があって、そこでは猫が大事にされているという。
ヘミングウェイのいた、アメリカの最南端の都市、キーウェストには彼の飼っていた猫の子孫が元気に繁殖し、今もいるという。
指の一本多い猫で、その子孫も指がみな一本多いという。
そんな場所が日本にもあるそうだ。
田代島
ひょっこりひょうたん島のモデルとなったという、ひょうたんの形をした小島だ。
ここでは猫が大事にされている。
住民よりも猫の方が多く、我がもの顔で歩いているそうだ。
そして、住民たちは猫神様を崇めているという。
近いうちに行ってみたい度ナンバー・ワンの場所だ。

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ツール

6月 18, 2007 under インターネット

インターネットは情報を収集するための手近なツールひとつとなっている。
もちろんネットで得られない質や量を持つ情報もたくさんあり、それらへのアクセス方法はまた別の話だ。
最近使っているのがWeBoxだ。
これはネット上の情報を収集・保存するツールのひとつである。
公開されては消えてゆくサイトを保存し、データベース化する。
インストール後は右クリックで作業を呼び出せるところも使い勝手がいい。
一度お試しあれ。

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