ただ逆風のせいにすることなかれ

8月 31, 2009 under 時事・社会

昨日の衆議院選挙で自民・公明の与党が歴史的な敗北を喫した。
公明党は太田、北側、冬柴という党の代表や幹事長、元閣僚が落選した。
支持母体である創価学会の組織的な支援を受けながらである。
平和と福祉という、結党時から積み上げてきた業績を、連立政権に入ったこの10年間でことごとく自ら覆してきた結果である。
国歌・国旗法、盗聴法、アフガニスタン空爆、イラク戦争、障害者自立支援法、後期高齢者医療制度などなど、これらを国会における多数の論理で押しとおしてきたことによって、みずから覆してきた結果である。
冬柴氏は国交省大臣の時に、不要な道路計画について「ゼロ回答」していたことは記憶に新しい。
完全に大臣が官僚の代弁者になり下がった姿であった。
イラク戦争時に「防弾チョッキ」をつけた当時の神崎党代表が、「安全」なサマワに視察に行った姿も人々の記憶に焼き付いているだろう。
この、人々を馬鹿にしたような茶番劇で、多くの公明党支援者は失望した。
新しく党代表になった太田氏は、それまでの神崎・浜四津体制とは違う、新しい風をもたらすべきであった。それにも関わらず、実際は、前体制を踏襲しただけであった。
宗教団体を支持母体とする政党は政教分離には抵触することはない。
しかし、平和や福祉、弱者救済といった宗教的理念と、明らかにそぐわない政策にくみするならば、それは存在意義を失う。
創価学会の初代会長、牧口常三郎は、国家権力によって獄死された歴史も持っているのである。
公明党の送るメッセージが、国家側、官僚側、大企業の側に立った、いわゆる「保守」でしかないのであれば、それは創価学会の歴史や理念とは一致しないのである。
官僚政治の代弁者となり、選挙協力を行うようになった公明党は、すでに「清潔」というイメージも失っている。
唯一、公明党に残ったものは「生活」しかなかった。
そこにはもはや「理念」は残っていない。
それでも、これまで、創価学会の組織的な支援によって議席は確保してきたが、それは創価学会員による、血のにじむような、無償の、草の根的な活動によって支えられてきただけである。
しかも、理念と矛盾する支援によって、その矛盾に多くの創価学会員は悩み傷付いてきた。
学会員が悩んだその軋轢を、身内意識や組織原理によってねじ伏せてきたのがこの10年間だったといってもよいだろう。
だが、それももう限界であり、それが今回の選挙結果になったのだと思う。
連立政権を組む与党としての公明党に対する「NO」という審判だ。
公明党は、もう一度、結党の理念に立ち戻る必要がある。
そして、これまでの誤りを率直に認め、新生するか、もしくは解党すらもやむを得ないだろう。
創価学会も、選挙支援の論理を、組織の論理以外に組み立てる必要があるだろう。
どんな政治家を、なぜ、支援するのか。
それが宗教的理念と、なぜ一致するのか。
一般の信者である全国の創価学会員に対して説明責任があるのは創価学会本部である。
いずれにしても、これを自民党批判や、単なる一過性の「逆風」の問題として捉えるのではなく、この10年の帰結であり、国民の審判として、真剣に受け止めるべきである。

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田中建彦『外来語とは何か:新語の由来・外来語の役割』鳥影社、2002年。

8月 11, 2009 under 読書


『大人のための復習英文法』などの秀逸な英語学習教材でも有名な著者の研究書である。
語学学習書ではないので、それを期待してはいけない。
主に日本語と英語における外来語の起源や系統について考察されている。
英語学者である著者の博識には学ぶことが多い。
日本語の外来語といっても様々な系統と機能があり、それらが分類されてもいる。
日本語において、和語の造語力は平安時代を頂点に力を失っていった。
かわって、漢語による造語力がとってかわった。
これが近世・近代と続く。
たとえば、明治期に鉄道を輸入し、制度化したが、その際に「くろがねのみち」ではなく、現在でも使われている「鉄道(てつどう)」という造語が漢語表現によってなされた。
同様に、「社会」や「恋愛」などもそうである。
さらに、現代語においては漢語すら造語力を失っているらしい。
では、現代、造語力を持っているのはなんだろうか。
これは新語を調べることですぐにわかる。
それは「カタカナ外来語」である。
こうした変化がなぜ起きるのか、きわめて興味深い。
記号論的にいってしまえば、語彙とは、恣意的な「差異の体系」なのであろうが、そうした差異がいかに歴史的・社会的・文化的に構成されてきたのか/されつつあるのか、という問題は、やはり重要である。
社会科学系の人にとっても、とりわけ、言語と権力の問題に関心を持つ人にとってはオススメの一冊だ。

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夏休み

8月 10, 2009 under 日記

夏休み、で実家に帰ってきている。
夏休み、とはいえ、さらにもう一本の原稿を抱えている(この前のは終わった)。
夏休み、とはいえ、毎日何か、やらねばならないことがある。
夏休み、とはいえ、姪や甥が来襲している。
夏休み、とはいえ、朝から晩まで、騒々しい。
夏休み、とはいえ、ちっとも休めない。
夏休み、あるいは、きつねのかわごろも。
夏休み、ああ、その響きが、すでに懐かしひ。

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