『国家神道再考―祭政一致国家の形成と展開』

12月 24, 2006 under 調査・研究

次々と重要な業績が送られてくる。

おそらく、来年2月に予定されている國學院大學でのシンポジウムに参加・報告することが決まっているので、その関係から、共著者のどなたかから送って頂いたのであろう。
本書は、「国家神道」研究の、若手研究者による重要な研究だ。
神道学あるいは歴史学における「国家神道」研究のの現代における研究・深化を示す一冊といえるだろう。
國學院において現在も地道に進められている研究会の確実な成果である。
本書の位置づけについては、編者である阪本是丸氏が序文を載せているが、これもこうした研究の現代的な射程を示す重要な文章である。
近代国家批判の学としても神道史研究は重要である。
「国家神道」の問題は、イデオロギーの違いを超えて、詳細な歴史的な研究を行い、その上で広く議論されるべき問題であろう。
そのためにも、本書に示されたような研究姿勢が今後も継続されてゆくことを願う。
2月のシンポジウムには前のエントリーで触れた西村氏も参加・報告される予定だ。
告知のある日本宗教学会のHPの当該箇所へリンクをはっておこう。
國學院大學研究開発推進センター「慰霊と追悼研究会」シンポジウム

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『戦後日本と戦争死者慰霊―シズメとフルイのダイナミズム』

12月 24, 2006 under 調査・研究

著者ご本人から送って頂いた。

西村明氏(国立鹿児島大学法文学部助教授)数々の共同研究でご一緒している研究仲間の一人である。
本書は氏の博士論文に大幅に加筆訂正を行ったものだ。
本書の特長は、戦死者祭祀を近代以前から戦後社会までの歴史的変遷の中に位置づけた点(氏のいう縦の分析)と、この研究対象を歴史学や民俗学、宗教社会学という視点からではなく、あくまでも宗教学の中に位置づけた点であろう。
また、長崎の原爆死者の慰霊史としても確かな事例分析の業績であるということができるだろう。
もちろん個人的には細部に異議のある点もあるが、その研究枠組みの確かさ、先行研究への周到な目配りと批判、事例研究における厚い記述などなど、宗教学の立場からする研究では、学史的にも必ず言及されなければならない業績が、これでひとつ増えたことになる。
また、こうした著者に目をつけた編集者の慧眼にも賛辞を送りたい。
機会があれば詳細な書評を行いたい力作だ。
宗教学や宗教社会学なみならず、公的慰霊やナショナリズム、死者儀礼や集合的記憶などの研究分野に関心のある方には是非読んでもらいたい一冊である。

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Simians, Cyborgs and Women

12月 16, 2006 under 調査・研究

ハラウェイがあまりにも面白いので、原文もきちんと読むことに。

その他関連する書籍を。

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国家は責任を取らない

12月 15, 2006 under 時事・社会

今日、教育基本法改正、防衛省昇格など、戦後の民主改革を形骸化するような法案が次々と成立してしまった。
一方、廃案となったものもある。

<シベリア抑留者>「特別給付」廃案へ 補償は絶望的に
12月15日20時46分配信 毎日新聞
 シベリアなどに戦後抑留された旧日本兵の補償問題に関し、特別給付金を支給する野党提出法案の採決は15日の参院本会議で行われず、19日の会期末に廃案になることが決まった。ほとんどが80歳を超えるシベリア抑留者にとって悲願だった不当な労働への補償は絶望的になった。
 民主、共産、社民3党が提出していた。抑留者や引き揚げ者への慰労活動を続けてきた「平和祈念事業特別基金」を解散し積立金400億円を原資に、抑留期間に応じて1人30~200万円を支給する内容だった。
 一方、補償はせず、基金を解散させ、積立金の一部から慰労品を贈る与党提出法案がこの日可決、成立した。10万円の旅行券が支給されることになる。
 補償を求めている全国抑留者補償協議会の事務局長、平塚光雄さん(79)=東京都中野区=は「われわれが求めているのは、慰労ではなく補償だし、旅行券などもらっても旅行できる人は少ない。仲間は(高齢化して)どんどん減っていくが、あきらめていない」と話した。【青島顕】

たとえ国家のために死んでしまったり苦労したとしても、国は責任など取らない。
80才を越える人々に「旅行券」だとは、これはもう虐待とすらいえるのではないか。
今の与党の政治家たちの人間性を疑う。
障害者の自立支援という名目で、「すべてに金を払え」という悪法も、できるだけ早く撤廃するべきだ。
企業に有利な税制改革をし、企業献金と政党助成金に群がる政治家たちは、この国や社会をどうするつもりなのだろうか。

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Clifford James Geertz

12月 15, 2006 under 日記

後輩のメールで知ったのだが、ギアツが亡くなっていたんですね。
http://www.nytimes.com/2006/11/01/obituaries/01geertz.html?ex=1320037200&en=fbdc466479294731&ei=5088&partner=rssnyt&emc=rss
http://en.wikipedia.org/wiki/Clifford_Geertz
「文化システムとしての~」というタイトルの一連の論考は非常に影響力が強かったと思う。
もちろんオレ自身多くを学んでいる。
ご冥福をお祈りいたします。

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アミネさん一家に在留特別許可を認めてください

12月 15, 2006 under 時事・社会

こちらでクリップした件だ。
署名活動などもあるらしい。
メールでよいので、是非、みんなの声を届けよう。

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『猿と女とサイボーグ』

12月 11, 2006 under 日記

遅まきながら、ダナ・ハラウェイ『猿と女とサイボーグ:自然の再発明』を読んで衝撃を受けている。

初版が2000年だから、6年遅れの衝撃だ。
フェミニズムやジェンダー・スタディが専門ではないとはいえ、不覚である。
読んでいると麻薬的な快楽すら受ける。
才能のある人も、いればいるものである。

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偽善者でもいい

12月 10, 2006 under 日記

先日、出講先のキャンパスで募金を呼びかけている学生がいた。
慶應の学生がインドで行方不明であるという。
詳細についてはこちら
日本のメディアでも取り上げられたらしいが、知らなかった。
やはり日本のメディアの取り上げ方は小さい。
インドの新聞とは比べ物にならないぐらいだ。
事情を聞いて、とりあえず少ないながらも募金に協力させていただいた。
非常勤講師の薄給の何十分の一かは、学生たちの授業料なのだろうし、少しは還元してもいいのだ。
若い頃は募金などをみると、いかにも偽善らしくて嫌だった。
しかし、数年前あたりから、気軽に協力するようになった。
もちろん歳のせいもあるだろう。
また、留学にしろ、調査にしろ、やはり多くの人の善意に支えられてこれまで研究できてきたのだということを自覚したのかもしれない。
そして、ある程度生きてくると、「真の善人になどなれない」ということを達観するのかもしれない。
自分が善人になるまで待っていたら、いつになるやら分からないが、とりあえず今、困っている人がいるという事実がある、ということに気づいたのである。
オレが善人になるまで世界は待ってはくれないのだ。
だから、まあ、偽善でもいいや、とか思えるようになったのである。
偽善だろうがなんだろうが、必要な人にはお金は必要なのである。
よく、TVなどでベンチャー企業の社長が「美味いうどん(あるいはそば)を食べに自家用飛行機で飛んで行く」などという自慢話を流していたりする。
それを感嘆の声で讃える太鼓もちのお笑い芸人などがいて、本当に観るに耐えない(すぐにチャンネルを変えるのだが)。
おそらく、その燃料代だけで、きっとポリオなど撲滅できるんぢゃないかと思う。
金を稼ぐのはいいけれど、持てる者は少しは弱者のために基金を作ったり寄付をしたり募金をしたりという発想がこの国にはないのか、と思う。
米国は、いろいろと批判もあるが、本当の金持ちは社会に多大な寄付をしている。
シカゴ大学だってロックフェラーが作ったのだ。
ホリエモンとか村上とか、あるいは続々と逮捕されている県知事や市長たち。
彼らには決定的に何かが欠けている。
偽善者にすらなれなかったのかもしれない。

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