シリーズものに弱い?

6月 22, 2005 under 読書

パーネル・ホールの新刊が出ていたので購入。

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見当たらない

6月 22, 2005 under 読書

うーん。
どこへ行ってしまったのか?書斎では見つからない。
翻訳の方はあったのだが。
仕方ないので注文した。

それにこちらも。
すでに品切れ状態とは。

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終わりました。

6月 20, 2005 under 日記

長らく苦しんでいた原稿が終わった。
ビバ!!
注も含めると100枚超えている。
どうりで終わらなかったわけだ。
通常の論文の二本分書いていたんだからな。
まあ、とりあえずこれで床屋にも行けるし、『バットマン・ビギンズ』も行こうと思えば観に行ける。
が、週末は国立歴史民俗博物館で報告がある。
その原稿も作らなければならないが、それは今回の原稿の一部を流用できるように、実はあらかじめ計算していた。
いやあ、想定の範囲内ですよ~。
(すでに死語か?)。
そういや、このホリエモン、東大の宗教学に籍があったことは有名だが、コメディアンで、最近ではNHKの英語番組に出演しているパックンもハーバードで比較宗教学を専攻していたようだ。
アジアの宗教でも学んでいたのだろうか?
ハーバードだと、イエンチェンかな?
先ごろ来日したドゥ・エイミンのところかも。
ま、どうでもいいのだが。
とりあえず、今夜は酒を飲んで寝ます。
(今夜に限らず飲んでいるのであるが)
明日は1時限目から講義で、しかもダブルヘッダーの日だからキツいぜ。

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貸し本作家

6月 19, 2005 under 読書

前のエントリーに書いた城戸禮。
その後、やはり読んでみたくなりいろいろと探してみた。
国会図書館には316冊のエントリーがあった。
その他、Amazon.co.jpのマーケットプレイスで発見した。
春陽堂では絶版であるが、その後、双葉社、青樹社など、版元を代えて出版されている。
春陽堂のHPもみつかった。
それで城戸禮についてもいろいろと分かった。
このような膨大な連作をなしたのは、彼が貸し本屋時代の人気作家であったからである。
貸し本屋といっても今の人たちはピンと来ないだろう。
おそらくオレなどは地方の町で貸し本屋を経験した最後の世代であろう。
昔は本が高かった(というか皆が貧しかった)ので、本を買うことが出来ず、貸し本屋という店があったのである。
一泊二日で5円とか10円とかで本を貸していたのである。
現在でいえば、マンガ喫茶やレンタルビデオ屋であろう。
いわゆる劇画の他に小説なども貸していた。
まあ、娯楽が少なかった時代でもあったのだろう。
借りられることにより、わずかの貸し賃を本屋は得るのであるが、ここでは、まったく読者主体の市場原理が働く。
つまり、面白くない作家は駆逐されるのである。
こうした貸し本屋作家として鍛えられた数々の大衆小説作家がいる。
劇画では白土三平や、小説では山本周五郎などである。
今回とりあげた城戸禮も、こうした貸し本作家として次々と読者の望むものを書き続けてきたのであろう。
それが21世紀に入った現在でも版元を代えながら命を永らえていることには、なぜか感動すら覚える。
現在、若者たちの活字離れが叫ばれているが、戦後の貧しい時代、それでも活字を読むことが娯楽であった時代が、この日本には確かにあったのである。
今回、注文したのは『拳銃刑事』と『ガッツ武装刑事』の二冊だ。
いずれもマーケットプレイスで79円。送料は各340円だから、送料の方が4倍以上高い。
まあしかし、国会図書館にまで足を運んだり、閲覧申請をしたりという労力を考えるならば圧倒的に安い買い物である。
現物が到着し、読了してから、書評を記そうと思う。
はてさて、どんな世界なのか、今からワクワクである。

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分祀はできるのか?

6月 18, 2005 under 日記

先週、学会の懇親会の二次会で、神道研究の業績もある某研究者の方とお話をした。
話題は「A級戦犯分祀」の問題であった。
「神道神学上、特定の祭神を選択的に分けたり取り除くという「分祀」は出来ないし、政教分離の原則からも国家は特定の宗教団体の教義に介入することは出来ない」
これはメディアでも報じられ、以前のエントリーにも書いた論点だ。
それゆえ首相は公式に参拝すべきではないというのが、私の意見だった。
で、その研究者の話では「分祀はできる」というものだった。
実は分祀ができないというのは、「神社本庁」や「靖国神社」の見解に過ぎない。
実際に神社の歴史を考えてみても、個々の神社は同じ祭神を祭っていても、社ごとに個性というものができている。
それは祭神の持つさまざまな力のうち強調点をかえるとか、他の神との融合だとかさまざまなパターンがあるそうだ。
確かに、考えてみれば明治維新の時に神仏判然・神仏分離が行われるまでは神仏は混交していたはずである。
先日焼失した近所の大日堂にも仏像の他に神輿もあり、夏祭りの時には地域住民が担いでいた。
本当のところはどうなのだろう?
神社本庁や靖国神社などの、当事者の見解だけではなく、広く歴史学者・宗教学者の意見をもメディアは取り上げるべきであろうし、私たちも調べてみるべきである。

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拳銃刑事とは何か?

6月 18, 2005 under 何か

※筆者注 この文章は1998年頃に書かれたものの再録です。

先日、乱歩の『悪魔の紋章』を読んだ。

初めて『孤島の鬼』や『蜘蛛男』を読んだ時のような衝撃はなかったが、昭和初期エログロナンセンスのひとつの成果である。時局に配慮してか、ところどころ描写を押さえてしまっているところがあり、残念ではある。しかし、これは読者が想像力で補うべきなのであろう。この作品、舞台化は無理としても、映像化したら面白いのではないか、などということを読了後、タバコを吸いながら考えていた。
乱歩作品はいろいろな版元から出ているが、今回は春陽堂から出ている「江戸川乱歩文庫」を購入した。理由はふたつある。
第一に、カバー・イラストが気に入ったからである。どんな人かは知らないが、多賀新という人の画である。これがなかなかエロティックかつ幻想的、図像的でいい。
第二に、解説がない、ことである。文庫本には解説はつきものであるが、ここでネタバラシがあったり、本文中の描写や台詞を引用してしまったりしているのがあり、そういうものを読んでしまうと内容への関心が褪せ、興味をそがれるてしまうことがままある。その点、乱歩という一種の古典の、しかも乱歩文庫と銘打っておきながら、解説がまったくないというのは、何か壮快な感じさえしたのである。
さて、ここまでが、実は前置きである。この文章は乱歩とはまったく関係がない。

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ジンクス?

6月 18, 2005 under 読書

抱えている論文がもう少しで終わりそうだ。
論文集として今年度に出版される予定のものである。
すでに締め切りを過ぎているので、他の先生方には申し訳ないのであるが。
髪がかなり伸びている。
床屋へ行きたいが、論文が終わるまでは行くまいと決心してすでに3ヶ月近い。
願懸けやジンクスがあるというわけではないが、なんだか終わるまでは行く気になれない。
抱えている仕事があるのに、さっぱりしてしまうのは、なんだか不謹慎なような気がするのである。
今日明日で終わらせ、来週半ばには床屋へ行こう。
というのが今の一番の願いである。
同じ理由で『バットマン・ビギンズ』も観に行けない。
同じ理由で更新もままならない。
つうことで、以前、確かまだ院生の頃に書いたものを次のエントリーで掲載しようと思う。

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検分

6月 12, 2005 under 日記

翌日、朝から実況検分に立ち会った。
小一時間ほどだった。
また調書の形にしてくるので書名捺印をお願いしたいとのこと。
追ってまた連絡するとのことだった。
何度も同じ話をしなければならない。
ミステリや警察小説など同じだ。
ひょっとして疑われているのだろうか。
その後学会参加のため都内へ。
学会終了後、懇親会のあとニ次会三次会まで付き合う。
学会の時には全国から研究者が集まるので、楽しい飲みの席である。
そのために赤坂にホテルをとっておいたのだ。
電車はすでになくなっていたので、タクシーでホテルへ。

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