2000年5月15日の夢

5月 15, 2000 under 夢日記

夢日記第9回

キャデラック・ランチ

2000年5月15日の夢

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俺は追われている。

 

 

 

何ものからか、必死に逃げているらしい。

まだ昼間。それもかなり日差しが強い。しかし、風はまだ乾燥している。初夏のようだ。

 

 

けだるい昼下がり。

逃げ疲れたのか、      

              足がだるい。

 

立ち止まり、振り返ってみる。

 

そこには太陽に照らされて、

白々と交差点があった。

 

交差点。

 

皇居周辺のように整備されていて、

緑も多い。

 

 

 

 

そこは

ゆるやかな斜面に

なっているらしい。オレのいる地点からは、その交差点を

遠くに見下ろしている感じだ。おれはこの傾斜を上ってきたのだと分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片側が三車線はあるだろう。

中央分離帯があり、そこには植樹されている。

車は一台も通っていない。

道路はアスファルトではく、渓流によくあるような緑がかった石畳だ。

俺のいる道路以外の三方はその緑に覆われて見通すことができない。

 

ふと見ると、

 

向かって右側から、何かが動いてきた。

 

 

 

 

かなり距離があるので、

それはスローモーションのようにみえる。

 

 

大きなもの。

 

 

大型バスが

交差点にゆっくりと入ってくるように、

トリケラトプスが視界に入ってきた。

 

 

それはトリケラトプスだった。

 

 

 

!!

 

 

 

象のような足が片側だけで四本ついていた。両側で計八本はあるのだろうか?頭には巨大な角。カブトムシのようだ。しかしその半開きになった目は昆虫のそれではない。

倦怠。そう。トリケラトプスは、人生をあきらめきったような、どんよりとした目をしていた。

 

 

 

 

トリケラトプスは            

             そのまま直進し、     

                            俺の視点から見れば、           

 

               交差点を                   

                              右から左へと               

 

                                   ゆっくりと抜けて行った。  

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・すぐに見えなくなった。

 

 

 

 

 

俺は、不思議と、それほど驚きもせず、そうした光景を見ている。

恐れはない。

 

トリケラトプスが走り抜ける交差点は、

トリケラトプスという点だけは異常かもしれないが、

それ以外はなんだか平和な風景だ。

 

相変わらず、車は一台も通らない。音もない。

 

緑の多い交差点は、

白々と陽光に照らされている。そこには信号すらないことに気がついた。

何か、現実離れしていた。

 

しばらくすると、 

 

今度は

 

翼竜が

 

左手から

交差点へ

飛んで来ると、

 

左に折れ、

消えていった。

 

 

 

 

 

 

空にも交通ルールがあるのか。

それにしても、なんと交通規則を遵守する恐竜たちなのであろう。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

また、しばらく時間が経ったようだ。

 

ふと、太陽がかげった。

 

 

いや。

何か巨大なものが太陽をさえぎって俺に影を落としているのだ。

 

近い。

 

 

いやな予感がした。

そして、まるでお約束のように、ティラノサウルスが植え込みの向こうから現れた。

道路をはさんで俺を見下ろしている巨大なティラノサウルス。

俺を見つめるその目には表情がない。

 

巨大な口からは、「だ、だ、だ、だ、だ」と、滝のようにヨダレがたれていた。

 

滝のように道路に落ちたヨダレがしぶきを上げる。

 

 

俺はそれを頭から浴びている。

 

 

俺は悟った。

 

 

俺はこいつから逃げていたのだっ!

 

 

 

 

 

 

そこで目が覚めた。

 

 

 

 

 

[解説]

 

 これもまた、分からない夢ではある。

 しかし、材料はすぐに見当がついた。GW中に、山田正紀の本の再読を始めたからである。デビュー作『神狩り』以来のファンであり、何度か再読してもいる。特に今回は『崑崙遊撃隊』『ツングース特命隊』『魔境密命隊』という、いわゆる秘境もの三部作に感銘を受けたことが原因である。その証拠に、眠りに落ちる前にも『魔境密命隊』を読んでいたのだ。

 それに、最近よく行くようになった「人魚を見た人」というHPにも、少し前に科学博物館で恐竜の復元模型を見たという記述があり、それが印象に残っていたのかもしれない。

 さて、これらの恐竜たちは何を意味しているのだろうか?

 龍に関する象徴的な意味は多くある。それは「根源的な恐怖」であったり、「悪」や「敵」であったりする。

 一方、東洋では幸運をもたらす力と考えられてもいる。

 また、蛇や龍に飲まれるのは死と再生を象徴している。それも神聖な再誕生である。

    

左)彫刻をほどこされた木製パネル。11世紀.。アイスランド国立博物館所蔵。  右)聖マーガレットによって龍から吐き出されるヨナ。5世紀。エトラスコ・グレゴリアーノ博物館所蔵。ローマ。

 

下半身がうろこにおおわれた人魚は、神聖性を持つ魚の神でもあり、それは蛇や龍に足から飲み込まれてゆく人間のイメージとも交錯している、という。

 

左)龍から出てきたヨナ。ラテン語聖書。14世紀。フランス国立文書館所蔵。 中)聖マーガレット。フランス北部で失われた聖書から。フランス国立文書館所蔵。 右)龍から現れた処女。14世紀。北フランス。

 

 

煩瑣になるのでこれ以上はここでは触れないが、いずれにしても、その象徴的意味を問うことは重要である。

なんてね。

もっと常識的な解釈をすれば、たまっている仕事をはやくやれ!つうことだったりしてね。

トホホ。

 

参考文献

J. E. Cirlot, A Dictionary of Symbols, second edition, Routledge,1971

Francis Huxley, The Dragon: Nature of spirit, spirit of nature, Thames and Hudson, 1979.

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1998年12月14日の夢

12月 14, 1998 under 夢日記

夢日記

第六回

アビス

Abyss

 

 

 

 

 

 

南の海にいた。

 

大海原。360度、海しか見えない。

水平線はゆったりとした弧を描いており、地球が球状をしていることが分かる。

 

 

 

 

 

凪いだ海だ。

いっぱいの太陽。

透明な光。

強い紫外線であるが、それを跳ね返すだけの生命力にみなぎっている。

残酷なほどの生命力。

 

 

 

 

 

 

 

さわやかな風によってできたさざなみ。

白くあわ立つ海水。

透けて見えるのは珊瑚礁だ。

 

 

上空からの視点で見ている。

鳥瞰図。

 

 

 

気がつくと案内役の男と海に潜っている。

原住民といった男。褐色の肌。

      

 

 

 

 

 

一瞬にして

音を失った

青い青い世界に

俺たちはいた。

 

 

 

 

海底はそう深くない。

6、7メートルほどである。

 

 

透明度のある海水で、水の中は明るい。

美しい別世界だ。

 

 

小魚の群れが泳いでゆく。

 

 

死んだ珊瑚がつくった白い砂。

 

 

……。

 

 

……案内の男に導かれるようにして

                      俺は白い岩が盛り上がっているところへ潜ってゆく。

 

ダイビング・セットなどつけていない。

          男も、

                  俺も素潜りである。

 

 

恐怖はない。

明るい海底。

 

岩は石灰質だった。

 

 

 

男は秘密のところに連れていってくれるのだ。

楽しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

いつのまにか、岩の内部に入ったらしい。

気がつくと、そこは岩でできたドームだった。

海底にできた鍾乳洞のようだ。

 

 

 

鍾乳石なので

角がない。

 

角のない壁。               角のない柱。

                    石筍。   

 

 

 

 

丸いカプセルのような石室になって、

それがいくつも続いている。

 

 

 

カプセルの底面積は六平方メートルぐらいか。

天井も岩であるがあまり暗くはない。

岩を透かして太陽光が届いているようだ。

 

 

カプセルがいくつも続いている。

そこは海水で満たされている。

 

海  底  の  鍾  乳  洞。

 

 

 

幻 想 的 な        光景だ。

 

 

 

 

 

……。

 

 

ふと、俺は酸素が気になった。

しかし、その不安を察したのか男が微笑んで見せる。

手近の石室の天井の方を指差す。

 

 

俺は水中で身体を翻し、

            ひとつの石室に入ってみる。

 

石室の天井はアーチ型をしていて、

なるほど、

                     そこには逃げ場のなくなった空気が取り残されている。

 

 

 

水面にお椀を伏せた時の状態と同じだ。

 

 

俺は空気の中に顔を出し、息をつく。

空気は、シン、と冷えていた。

 

 

 

ふと見ると、足下の方、カプセル状の石室には何か黒いものが沢山泳いでいた。

             鰹節のような

 

                  のっぺりした流線型のようなシルエット。

 

                          魚かとおもったが、

よく見るとそれは30センチぐらいのアシカの子供だった。

 

 

 

 

そうか。ここは自然の造形を利用したアシカの養殖場なのだ。

ずっと、続くこれらのカプセル状の石室には沢山のアシカの子供がひしめいているのだった。

 

案内の男はそれを俺に見せたかったのだろう。

男はニコニコして、今度は真上を指差して見せた。

養殖場を見せたから、もう外へ出ようという合図だ。

次には何を見せてくれるのだろうか?

 

 

 

……。

 

 

俺たちは浮上していた。

海底の鍾乳洞からでて、海上に戻ったらしい。

音が戻ってきた。

海鳥の鳴き声。

波のさざめき。

照りつける太陽。

さわやかな風。

空気のある世界に戻ったのだ。

 

 

まわりに陸地は見えない。

気がつくと俺たちの目の前に巨大な椰子の樹が建っている。

珊瑚礁の浅瀬に一本だけ建っているのだ。

 

径は40センチほどであるが、高さは20メートルはあろうかという椰子の樹。

ひょろりと。

       信じられないほど長く。

               その椰子の樹は何もない海中に

高く、高く屹立していた。

 

 

そして、その先端部分に小屋があった。

 

 

案内の男はその先端にある小屋を指差す。

ニコニコ笑っている。

日に焼けた顔に白い歯が美しい。

それはまだ文明に毒されていない笑顔だ。

 

 

そして次の瞬間俺たちはもうその小屋の中にいた。

小屋は細い枝を組んで作ってある。

カヤ葺きの屋根は涼しい。

床には椰子の葉を編んだ敷物がしかれていた。

 

 

 

 

 

半裸の老人が座っている。

顔や身体、褐色の肌のところどころ白い模様が描かれている。

どうやらこの男が彼らの部族の酋長らしい。

何か知らない言葉で話しかけられる。

案内の男が通訳したらしく、歓迎の食事が始まるということが分かった。

 

 

 

 

食事は、俺の歓迎のため、伝統的なアシカ料理だった。

あの養殖していたアシカを食べるのだ。

目の前に出てきたのはアシカの子供の丸焼きのようだ。

真っ黒い肉の塊がバナナの皮に包まれている。蒸し焼きにしたアシカの肉らしい。

おいしそうなのかどうか、俺の夢には嗅覚がないので分からなかった。

そういえば特に食欲もない。

強いていえば義務感と、淡い好奇心だけか。

 

 

俺は無感動に料理を見ていたが、こういう場合、断ることは無礼になるので食べることにした。

黙っているのもなんなので、場を持たせるために何か会話をしなければ、と思う。

そこで、酋長に、これはなんと言う料理かと尋ねてみる。

酋長は、好々爺然として答える。

しかし俺にはわからない言葉なので、案内の男が通訳する。

「大切なお客様をもてなすときの伝統料理です」

満面の笑みを浮かべている男の言葉に、俺はうなづく。

やはり思った通りだった。

なごやかな雰囲気だ。

ニコニコしながら男は続けていった。

「蒸し焼きにしています。これは人間の胎児です」

 

 

 

そこで再び最初のシーンに戻った。

 

南の海。

海鳥の鳴き声。

波のさざめき。

360度、海しか見えない。

水平線はゆったりとした弧を描いており、地球が球状をしていることが分かる。

そこに高い一本の椰子の樹が屹立しており、その上に小屋がある。

俺は鳥瞰してそれらの景色を見ている。

 

凪いだ海。

いっぱいの太陽。

残酷なほどの生命力。

 

 

 

 

 

【解説】

 

 

 これもまた実に分からない夢である。

 楽園のような、とても平和な南の海とカンニバリズムが同居している。

 一体、何を伝えんとした夢なのだろうか。

 どうも、夢がいつも水に関係している。

 

 アシカは何の象徴なのだろう?

 人間の胎児とは?

 

 しかし、夢の中では、ほとんど驚いていない。

 

 本文にも書いたが、残酷なまでの生命力に満ちた夢だった。自然の持つ生命力とは、本来、人間の意志など遠く及ばないものなのかもしれない。それを残酷というのは、単なる人間の感傷に過ぎないのだろう。

 

 冬は苦手だから、南の島にでも行きたいものであるが、楽園など何処にもない、というアイロニーなのかもしれない。あるいは、現実逃避への警告かもしれない。

 

 ううむ。

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1998年12月5日の夢

12月 5, 1998 under 夢日記

夢日記

第五回

スリーピング・ビューティ

Sleeping Beauty

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    砂利を踏んで歩いていた。

 

 

 

 

 

   舗装のされていない田舎道である。

                                                  ザクッ。

固い感触。

    ザクッ。           土の感触。

                                    ザクッ。

 

 

かなり昔の世界のようだった。

1960年代だろうか。

まだ未舗装の道路が珍しくない時代だ。

 

 

                 視界には丘陵地帯。低い山が連なっている。 

           

                秋から冬へと変わりゆく景色。

 

 

 

     山裾に沿って河があるらしい。

                        曲がり具合が。

                             山裾の屈曲の具合がそう思わせていた。

 

俺たちが歩いているところよりも低いので河は見えない。

            ザクッ。

 

風は冷たいが、まだ日は高いので寒くは無い。

ザクッ。

          ザクッ。

一緒に歩いているのは、所属している小劇団の座長である井上氏である。

彼の家に向かっている。

 

ザクッ。

 

すぐに着いた。もうそばまで来ていたのだ。

 

  

 

そこは裏口のようだ。

 

 

 

 

中に入る。

 

ボロい家だった。

 

というか、

そこはそもそも家ではなかった。

 

廃棄されたコンテナか、あるいは貨物車両を何台か縦につなげておいたものだ。

 

 

 

三部屋ぐらいある。

六畳ほどの空間が鰻の寝床のようにつながっている。

当然どこもまったく同じ間取りだ。

しかし、洗濯機やら箪笥やらの生活品が置かれているので雑然としている。

この裏口にも、そして彼方に見える玄関にもドアはない。

 

 

 

  

 

もう一軒。

 

 

同じ作りの家が

 

向こうがわが見える。

 

 

そこには何か白い布が揺れている。

 

 

洗濯物であろうか。

 

 

はたはたと、ひらめいている。

 

 

 

 

 

 

気がつくと、井上氏が何か言っていた。

 

 

書いてくれますか?

 

 

 

原稿の依頼だ。原稿とは芝居の脚本のことである。

 

もう書いたよ。

 

 

そういって、俺は持っていた包みを渡す。

 

それはカンバスであった。晩秋の景色が描かれている。それは先ほど見た外の景色だった。紅葉する山々。

何故かそれは原稿ではなく絵画なのだった。

 

 

 

しかし俺も井上氏もそのことを不思議には思わない。

 

俺はこの作品を

は彼が初めてであるので少し

どきどきしている。

 

固唾を飲んで、しかしそれを彼に悟られないように、作品に見入る彼の姿を見つめている。

ある程度、こちらが思惑通りの感銘を彼に与えているようでほっとする。

他人の評価は気になるものだ。

 

 

 

しばし眺めた後、彼は納得したようにその画を受け取る。

 

確かに。

 

彼が言う。

 

 

続きはまた今度だ。

 

俺はそういった。

 

 

そうして、

彼はもう仕事に行かなければならないが、

ここで勝手にしてくれていいと言った。

 

答えないでいるうちに時間が経過したらしい。

気がつくと、もう俺は一人だった。

彼は仕事に行ってしまったのだ。

 

部屋の中は座るところもないくらいに雑然としている。

勝手にしてくれと言われても、他人の家なのでくつろげない。

 

退屈というか、

寂しくなった。

 

 

外へ出てみた。

部屋を突き抜けた、玄関側だ。

 

さきほど見たように、もう一軒、コンテナをつなげた住居があった。

濯物が張り巡らされている。

 

    

住居の周りには、垂れ幕のように洗濯物が張り巡らされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲は一面、白一色だ。

                    

 

 

 

 

 

 

          雲の中にいるようだ。

 

 

 

 

                                

 

ヨーロッパの下町に見られるように、細い路地を挟んだアパートの間に紐を張って洗濯物を干すのである。

あの要領だろう。

 

 

やはり裏口にドアはなく、中では女の人が何やら忙しそうに家事をしていた。

奥さんだ。

町人風の娘だ。和服に丸髷を結っている。

気がつくと俺も和服だった。

随分と会ってはいないが、ここの主人と俺は旧知の間柄だった。

そしてこの奥さんも知っている人だった。

 

けれども何故か名前が思い出せない。

記憶の中では彼らの輪郭もぼんやりしている。

昔の友人だということは確かなのだが、名前も顔も思い出せない。

ああ、そうか。

思い出してはいけないことなのだ。

とそう思う。

 

亭主の不在中声をかけるのも、なんとなくばつが悪い。

それは相手を思い出せなかったからかもしれない。

声のかけようがないからだ。

 

さて、どうしたものか。

 

 

裏口の隣に別の入り口があることに気づく。洗濯物にまぎれるようにして、そこに何かが張られている。

よく見るとそこにはポケット・ティッシュほどの看板のようなものがある。そこには、太字の活字で、

 

 

 

驚異!!7年に一度の美女!

 

 

 

と、書かれてあった。

 

 

夢の中の俺はひどく興味をそそられている。

そして何か無性に懐かしい。

ここは見世物小屋だ。

 

そうなのだ。ここは見世物小屋も兼ねているのだ。きっと、あの奥さんはそのあがりを生活のたしにするのであろう。

 

きっと7年というところに何か意味があるのにちがいない。

そう考える。

 

 

入ろうか。

そう思う。

 

 

亭主が帰ってくるまでの時間もつぶれるし、客としてなにがしかのお金も払えるので、それは彼女の家計の足しにもなる。いい考えだと思った。

 

 

入り口には綿シーツのような白い布が垂れている。扉のかわりなのだろう。

 

捲り上げ、内に入った。

 

 

  

細い通路がずっと続いていた。

 

 

細く、天井の低い通路だ。

 

 

 

腰をかがめて歩かなければならないだろう。

 

 

 

白い布でできたトンネルだった。

 

 

 

太陽の光に透かされて、明るく暖かい。

 

 

 

しかしその奥は薄暗く、あまりよくは見えない。

 

 

 

 

その先に、見世物舞台のようなものがある。

 

 

 

 

ずいぶん遠い。

 

 

 

舞台の前には四角い箱がある。

四隅には補強の為か、黒い金具の飾りがうってある。

賽銭箱だった。まるで神社である。いや神社なのかもしれなかった。

きっと、見世物小屋とストリップ小屋と神社が一体化した、ここはそういう住居なのだろう。

俺は入ったところに立ち止まり、屈んだままの態勢で、そうした光景をみている。

 

 

俺は待っていた。

始まりもしないのに近くに行ってしまっては、なんだか急かしているようで、これもばつが悪い。始まったら、客いる場所のほうが暗くなるから、そうしたら移動すればいい。そう思った。

 

しかし、このコンテナを改造した住居に、こんなにも奥行きがあるわけはないから、きっと目の錯覚を利用して、遠近感を狂わせているのであろう。

どういう仕組みになっているのだろう。俺はひどく感心した。

まだ入り口に踏み入れただけだというのに、もうそこは異世界なのだった。

そうか、もう見世物は始まっているのだ。こうした効果も見世物のうちなのだ。

これは勉強になるなあ、などと思う。

 

そこへ友人の日野君が一瞬現れた。紺の背広を着ている。

「トータル・コストで考えております」

彼はそういって消えた。

 

うん。俺は深く納得した。夢の中では何事にも驚かない。

 

 

何やら奥で人が動く気配がある。

いよいよ始まるのだろうか……。

 

 

ふと見ると、入り口のシーツの隣に干してあった白いタオルが少し汚れていた。

 

この家の飼い犬が出入りするから、その度に汚れるのだ。泥か何かなのか、こすったようなかすれた跡だ。薄い茶色の汚れがついている。犬の糞かもしれなかった。犬臭いような気がしたが、夢の中で嗅覚はないので何も匂わない。

しかも、そのタオルは風に揺らめいているので、今にも顔に当たりそうだ。

俺は不愉快だった。

 

しかし犬には何の罪はない。そう思って我慢することにした。

 

そのタオルのそばにはラベルが釣り下がっていた。細い針金で縛りつけてあった。手にとって見ると何やら注意書きがしたためられている。それはここを出入りする犬宛てに書かれたものであることが分かった。

 

なるほど

犬宛ての注意書きがちゃんとある。

 

 

なかなかしっかりしているな。

そう思った。

 

しかしそれは客に向けたものではないので俺には関係がない。俺は犬ではないからだ。

再び奥に目をこらす。まだ始まらないか?

 

 

 

 

 

俺は待っている。ひどく窮屈な姿勢だ。

 

足が痛くなってくる。

 

 

 

 

 

……7年に一度の美女は、まだ現れない。

 

 

 

 

 

 

【解説】

 

とても納得した夢だった。

不条理で、つじつまの合わないことだらけなのだが、何故かそのすべてにいちいち納得するのであった。ふんふん。なるほど。ほう。……などと、何を見てもやたらと納得していた。

 

その割にはちっとも分からない夢である。

解説の仕様がない。

 

白いトンネルの奥にある見世物小屋兼神社兼住居はやはり胎内回帰願望か。

いや。ありきたりの解説を装っても始まらない。

やめよう。

 

純白の洗濯物がはたはたとひらめいているのがすごく印象深かった。

これを書いているいまでも心の中で、はたはたと、ひらめいているみたいだ。

日野君は某複写機メーカーで営業をしている。

7年に一度の美女とは一体なんだろう。

 

できればみて見たいものである。

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1998年11月28日の夢

11月 28, 1998 under 夢日記

 

 

 

 

錆びの浮いている赤茶けた鉄の扉をあけると、そこは甲板だった。

 

 

船に乗っている。

船といっても戦艦である。

そして戦艦といっても大航海時代に出てくるような巨大な帆船だ。

 

 

 

  身 

   体に

           風を

                          受ける。

 

 

甲板

   には

       細長い板が

                      隙間なく敷き詰められている。

 

               幾筋もの直線が、

   その消失点である舳先へ向かって

                         伸びている。

                                  長い廊下のようだ。

                        長い     

       長い。

   何10メートルもありそうだ。

      途中には巨大な主砲がある。

 

 

 

 

 

舳先の彼方には空が見える。

 

白い雲が浮かぶ真っ青な空が見える。

 

 

 

 

碧空。

白い雲が美しい。

 雲が次々と後ろへ向かって流れてゆくから、

                自分が進行方向に向かっているのが分かる。

          風がある。

       かなりのスピードである。

しかし船は揺れない。

なぜならこの艦(ふね)は空を飛んでいるからだ。

 

 

 

海上を飛んでいる。

陸地は見えない。

海面すれすれを、堂々と、そして音もなく滑空していく感じだ。

これが宇宙船であることに気がつく。

そしてあくまでも帆船タイプの戦艦である。

そうか、

なんだ。

これはアルカディア号だっ。

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

しかし別に不思議ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリジリとした焦燥感がある。

 

 

 

 

 

俺はある任務のためにここにいた。その任務の厄介さが俺に焦燥感を与えている。

俺は伍長クラスの乗組員であるらしい。

甲板で作業をする他の乗組員たちを整列させる。

 

 

 

 

 

集まってきた。

 

 

 

 

 

5、6人いる彼らはみな老人だった。

 

  赤銅色に日焼けした地肌。長い年月が顔に刻まれている。

  歯が欠けている者もいれば、入れ歯の者もいる。とてもふぞ

  ろいだ。海の男たちというよりは、ご長寿早押しクイズの面々

  のようだ。しかも老婆もまじっている。彼女は白い割烹着に

  白い頭巾をしている。服装はこの上もなくまちまちで、漁師た

  ちの年末大掃除

 

                         ……という感じだ。

 

  ……この人たちには散々手を焼かされてきたのだ。どうせ何を言っても、孫ほどの年齢の若造である俺の言うことなど、ちっともまともに聞いちゃあくれないのだ。誰もが嫌がる仕事を俺はこれからしなければならないのだ。彼らは雑役のための要員で、正規の戦闘員ではないのだ。彼らの表面的には真面目腐った顔つき。しかしその目はちっとも俺など尊敬してはいない。

やれやれ…

と俺は心の中でひそかにため息をつく。

 

 

彼らは、特に反抗的であるわけではない。危険思想の持ち主でもなく、この船をどうこうしようという野心やたくらみがあるというわけでもない。どちらかといえば、むしろ従順な方であろう。きわめて庶民的であり、長屋的である。あるいは、小さな漁村の住民たちのようである。素朴であり、それゆえ扱いにくいのだ。なぜなら彼らには彼らの常識があり、一般的なものとはどこかちがうからだ。そして誰もが、各々、一人ひとつの技術を持っている。しかもそれは理論化することのできない、一種の伝統的な知識だ。彼らは理論や原理とは関係なく、目分量や勘にたよって何でもやってしまうのである。図面などまったく見ない。機械工学の知識など何にもなく、エンジンの分解組み立てやオーバー・ホールをやってしまい、しかもそれができてしまうのだ。

     目の前にいるこの老婆は甲板でキュウリやナスを漬けてしまう。甲板で漬物を漬けるのは規則違反だが、その漬物は美味く、俺たちはそれなくしては生きられないほどになっていた。塩水で漬けるのがコツなのだ。その漬物をうまくつけられるのはその老婆だけであり、だから誰も彼女を下船させることはできないのだった。そのことを彼女も知っていた。

しかし、俺には任務があった。

 

甲板に高性能の爆薬が仕掛けられているらしい。

        それを確かめ、爆薬を発見し、除去することが俺に課せられた任務なのだ。

 

                   そしてさらに、犯人を捕まえること……。

 

 

 

 

コノナカニ

ハンニンガ

イルノダ。

          

  

 

 

金属探知機のようなものをセットさせる。

空港にあるゲートのようだ。

もしも爆薬を身につけていたら、このゲートをくぐったときにランプが光り、音がする。

 

俺は彼らの説得に成功したらしい。

老人たちは渋々ながら、順番にゲートをくぐってゆく。

 

 

    その老人は蛍光色の、明るい黄緑色の服を着ていた。それはスタッフ・ジャンパーだった。

 

 

狡猾そうな表情。

 

                                               オカシイゾ

 

その老人がゲートをくぐる。

反応はない。

 

 

目は靄がかかったように潤んでいる。

嘘をついている目だ。                                  コイツ

ばれていることが分かっていながらとぼけている。                    ウソヲ

若造だと思って馬鹿にしているのだ。                            ツイテ

ロッカーだっ!                                         イル。

この男の荷物を調べるのだ!

 

 

  ロッカーはまるで昔の学校にあった下駄箱のようだった。

木製である。

カギがかかっている。

 

何故か日本の警官の服を着た係員たちが

扉をこじ開ける。

 

内には、

古ぼけたブリキのバケツがあった。

その中に、なにやら白い粉が入っていた。

 

 

 

人差し指で触ってみる。

石灰だった。

それはグランドに線を引くときに使う石灰の粉だった。

 

 

 

 

石灰はニトログリセリンと混ぜると威力が増すらしい。理屈はわからない。

しかし、これだけでは、大騒ぎすることではない。

 

アレさえ混ぜなければな……。

 

そう思った瞬間、老人の目が動揺したように泳いだ。

スタッフ・ジャンパーの裾の辺りにに小さなしみがついていた。油のようだ。

カメラがフォーカスするように、夢の中でその部分がアップになる。

 

――しゅぴんっっ!――

と、何かがひらめくときの効果音。

 

 

   まさかっ?!

 

 俺は、老人の、その妙に明るいスタッフ・ジャンパーの胸倉を掴んだ。思わず力が入る。その勢いで、彼の懐から何かが落ち、俺たちの足元にころがった。

 

 

それは、ほとんど空になったマヨネーズのチューブだった。

 

 

ああっ!

――衝撃――

 

なんてことだっ!

 

俺は驚愕していた。

もしも先ほどの物質にマヨネーズを混ぜるとその意味はまったく変わってしまう。

                                                 カシャ。

――恐怖――

                 カシャ。

 

         カシャ。                          カシャ。

      カシャ。              カシャ。

カシャ。          カシャ。                      カシャ。

カシャ。      カシャ。       カシャ。

 

      俺の頭の中ではすばやく化学反応式が計算されている。訳のわからない記号が、四方八方から飛んできて、頭の中の空間を跳ね回る。一瞬にしてその解がはじき出された。

 

 

                                                                              まさか。

 

――戦慄――

その化学式は驚異的なエネルギーを指し示している。

         まさか。

まさか。                   まさか。         まさか。

        まさか。     まさか。     まさか。                    まさか。

                                    まさか。

 

      まさか。

 

                                  俺は周りを見渡した。

 

仕掛けたのか? 一体どこにっ!?

 

                     俺の目に主砲が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

主砲?!

 

 

 

         ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

      ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

      ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

      ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

ここだ!

うってつけの場所があったではないか。ここだ。ここに仕掛けたのだ。

 

 

          ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

      ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

 

確信があった。

 

      ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

 

もっとも効果的な場所だ。

 

      ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

 

主砲のエネルギーと融合して、ものすごい爆発になる。 

 

         ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。ここだ。

 

 

地球が。

 

        ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

        ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

地球が崩壊する……。

 

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

       ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

 

なんとか取り外さなくてはっ!地球が。

 

      ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

 

 

      ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

 

                                                    ウ

        ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。ちきゅうが。

                                                     ィ

          

          その時、            イ

           誰が操作したのか、うなるような機械音がして主砲が静かに動き出した。          ィ

                                                                                イ

                                                       ィ

 

あっ!  

               ィ

ゆっくりと仰角を上げ始める。

 

                          ン。

ああああああっ!

 

 

 

 

 

主砲発射準備だ。

 

 

 

俺は老人へ振り返り、大声で言った。

「一体なんでこんなことをっ!」

我ながらすごい剣幕だった。

 

はっきりとした、そして断固とした口調で老人は叫び返す。

「これぐらいやらにゃあヨ、悟空を呼ぶことはできにゃあ、のじゃきニィよ!」

 どこの方言だかまったく分からない言葉で、よく分からない理由が述べられた。しかし何故か説得力があり、すべてがすっかり解き明かされたような気がした。おそるべし。老人。

 老人は、満面の笑みを浮かべている。叫んで心拍数が上がったためか、その頬は紅潮している。

俺は絶句し、立ち尽くしている。

 

 

 

高度が上がったのか、

いつしか風はごうごうと

吹きすさび、雲も出ていた。

 

夕闇が迫っている。

船の上はすでに肌寒い。

俺は甲板の上に立ち尽くしている。

 

 

その全景を上空からのパン・ショットで捉えている。

    空を飛ぶ帆船。

        甲板に立つ俺。老人たち。風。

                       発射されつつある主砲。地球の終わり。悟空……。

 

 

 

ああ。

そして、

 

 

 

 

空の色は、とても不気味な紫色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解説】

 

ものすごく焦っている夢だった。

 こうした文字による表現で、あの焦燥感をどこまで伝えることができたのか心もとないものがある。それぐらい焦っていた。そして訳はちっとも分からない。なにしろことは地球の崩壊である。一体、どうしてこんな夢を見たのだろうか。

 

 この日、八王子の野猿街道沿いにある財団法人大学連合ゼミナー・ハウスというところで合同ゼミナール合宿なるものがあった。一泊二日である。うちの大学の社会学科が毎年行っているイベントだ。『現代社会の人権を考える』というのが今回のテーマであった。留学があったので参加は二年ぶりである。ともかく、このイベントに参加した夜にみた夢がこれである。人権とはあまり関係のない夢であることから、いかに私が乗り気でなかったのかを如実に示している(笑)。そもそも宿泊の予約すら入れていなかった。どうするつもりだったのかというと、車で行ったので、夜は帰っちゃうつもりだったのである(笑)。

 

 しかし(というか案の定)、夜は学生と、若手の先生のお部屋で朝方まで酒を飲んでしまい、結局ツインだった先生の部屋のあまっていたベッドで寝ちゃったのである。ずうずうしいことこの上ない。

 

 開会が夕方からであったので、車で西へ向かって運転していった。恐らく、フロント・ガラスから見たその光景(だんだん夕闇となってゆく)が、船の舳先に広がっている空であると思われる。しかし、それ以外はまったく何の夢であるのか分からない。

 

 ただ、焦っているのは本当だろう。それは現在自分の置かれている状況からも分かる。本当は夢日記などを書いている場合ではないのである。

 

  ……ううむ(微苦笑)。

 

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1998年6月26日の夢

6月 26, 1998 under 夢日記

夢日記 【第三回】
ダウン・バイ・ロー
Down by Law

 

 

 

……水の底にいた。

 世界はエメラルドの光に満たされている。       深い深い湖の底にいるようだ。     周りには膨大な水の圧倒的な存在感。

                  ……ここはどこだろう?

そう思った瞬間、ここがどこだか思い当たる。

ここはダムによってできた人造湖。山合いの谷間にある。

もう半世紀以上も昔にできた湖だ。

秋には深い緑の湖面に紅葉が映えて美しい。

その景色を遥か上空から、鳥瞰図として眺めている。

それが記憶なのか推理にもとづく想像なのかは定かではない。

 

俺がいる辺りはもう水深20mほどなのだろ う。しかしまだまだ底は深

そうで、下方は暗緑色の闇の中に消えている。湖の中ほどに俺は漂っている。

                             比重の関係で、この辺り                                が俺の質量とちょうど釣り                                    合っている深度なの                                        だろう。 

重力もなく。宇宙空間のようだ。何も音は聞こえない。水圧も特に感じない。

ただ、ここはまったく別の世界であることだけを感じている。 

      そして俺の足下の方、さらに深いところから、巨大な魚がゆっくりと

ゆっくりと現れる。 ゆっとりと、しかし巨大な質量をともなって。 巨大なウロコの模様が流れるように次々と視界に入ってくる。

                            ウロコ模様が動いてゆく、                 動いてゆく。 俺は息を呑む想いでその光景を見つめている。 

恐怖はな い。それは弧の部分が2メーターはあるような巨大な扇形のウロコ。

現れつつあるその魚の体長は30メータはあるだろう。

            すると、これはこの湖のヌシだろう。 俺は巨大な魚にまとわりつく小魚の群れのようなものだ。
ゆっくりと、しかしなめらかな動きで、次第にヌシが顔をあらわす。

それは巨大な鯉だった。3メートルはあろうかという口髭。

魚類の特徴である縦長の扁平な顔。まばたくことのない巨大な眼。

すべてを凝視する無表情な眼。巨大な真円の瞳は何故か理知的だ。

                  深い知性を感じさせる。

 

俺は悩んでいた。

するとヌシはやさしく語り掛けてきた。

老賢者。

500年生きてきた。その500年の人生(魚生か?)。来し方を語ってくれた。
人語を解するのだ。
最初は体長1メートルぐらいだったという。その頃から、彼の歴史、あるいは意識は始まった。

 

徐々に大きくなり、徐々に賢くなっていったのだった。

地上では、戦乱の世があり、繁栄と衰退の歴史が繰り広げられて来た。

文明。時にわずかばかりの平安な時代もあった。それとは別の誰も知らないこの湖の底で。まったく別のドラマが、成長が、生命の戦いがあったのだ。彼はゆっくりとゆっくりと成長していった。いろいろな経験をし、

死にそうな目にあったり、飢えたり、恋をしたり。

迷いもあったし、恐れも、惑いもあった。

彼は少しずつ少しずつ成長していった。その500年にも及ぶ物語を、魚は語ってくれたのだった。

 

何も焦る必要はない。ただ地道に前へ進めばいいのだ。あきらめずに出来ることをやればいいし、そうする以外にないのだ。

 

大魚はそのことを俺に教えるために現れたのだった。

 

そして俺は覚醒した。胸の中は満たされた想いで一杯だった。 確かな安心感。地に

足がついた感覚。

俺はあの魚に感謝した。 

【解説】 

 この夢をみた時は窮地に立っていた。 ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジにおいて行われたPacific Asia Cultural Studies Forumなる一種の国際会議での報告を控えていたからだ。朝になれば、滞在していたエセックス大学のあるコルチェスターという町から、予約しておいたロンドン大のアコモデーション(寮)へ行かねばならない。しかし、自分の報告原稿がまだできていないのだ。日本語で書いてあった報告原稿を翻訳しようとしたのが、そもそもの間違いであった。ううむ。日本語と英語との違いがこうもあるとは・・・。結局、まったく新たに英語で書き下ろさなくてはどうにもならないことに気がついたのは一昨日のことであった。いまさら論題をかえるわけにもいかない。

 やばい。物理的に時間が足りない。ネイティヴに一度読んでもらって間違った表現を直したり、漢文体の明治期の行政文書を翻訳しなくてはならない。しかも資料であるからそれらしく訳さなくてはならない。日本からは、先輩であり友人でもある平良氏(筑波大大学院)に添付ファイルで送ってもらった忠魂碑の写真も印刷しなくてはならない。資料に気をとられてばかりもいられない。本文、本文がぁ・・・。英語、思い浮かばねえよお。もう半泣き状態である。テニスばっかりやっていた日々を恨んだが、いまさらどうしようもない(笑)。午前一時。前日も半ば徹夜だったのだ。もう限界だ。キャパ超えてる!

  寝よう。

 そう思った。頭がこんなパニクった状態じゃあどうしようもない。休息。カーム・ダウンが必要だ。ポケット・ボトルのスコッチをあおり、倒れるようにベッドに入った。一応二時間後に目覚ましをかけておく。目覚し、止めちゃったらどうしよう。ええいっ。もうっ、もうどうでもいいや。その時はその時だっ。

 

 ……と、こんな状態の時にみたのが上記の夢である。起きた時には非常に冷静で、気力体力ともに充実していた。天啓というか洞察を得たかのようだった。目覚ましも必要なく。一時間ほどで目覚めた。

 ベッドから起き出した俺は、焦らず、しかしひとつひとつ確実に課題をこなし、朝には原稿が出来上がっていた。奇跡のようだった。着替えて会場に向かった。

 

 後に友人にこの夢の話をしたところ、「うーん。なんか日本昔ばなしみたいだね」と、いわれた(笑)。

 

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1998年5月5日の夢

5月 5, 1998 under 夢日記

夢日記
【第2回】
デッドマン・ウォーキング
Dead Man Walking

 

夢日記(1998年5月5日)

空港のロビーのような、妙に明るくよそよそしいところである。沢山の人が所在無さげに何かを待っている。おそらく飛行機の搭乗ゲートが開くのをまっているのだろう。いろいろな国籍の人がいる。だとするとやはりここは空港だ。その人々の中に俺もいた。俺と、仲間数人である。そして驚いたことに、俺は死んでいる。そのことをはっきりと自覚している。俺はすでに死体なのであった。ものすごい設定である。死んでしまっているという経験ははじめてである。

しかし死んでいるわりには意識も身体もあり、動きまわっている。感情的にもパニックに陥ったりはせず、冷静に、しっかりと運命を受け止めている。死んだ、という事以外は別に普通である。つまり幽霊のようなものではなく、いわばゾンビのような状態である。仲間の数人も同じ運命らしい。それにしても、何故だっ?

そこで「ぐわんっ」と、記憶がよみがえる。もちろん夢の中での記憶である。先ほどのレストランで毒を盛られてしまったらしいのだった。
周りには仲間が4人いた。俺達は皆同じ問題を抱えていた。それは、すでに死んでしまっているのでこのままでは身体が腐ってしまう、ということだった。しかし、その問題を、当面、回避する手段があった。俺はあと三日間ほど、こうして動き回ることができるのだ。そのことを知っていた。しかし何故そんな事が可能なのか?  

実はある金属製の笛を我々は持っており、誰か生きている人にそれを吹いてもらえば、その人の生命エネルギーの分だけ生きることができるのであった。キセルのような形状をしたその笛。表面にはびっしりと怪しげな模様が刻まれている。まるでマヤの絵文字のようだった。

仲間の中に、一人だけまだその笛を使っていない者がいた。顔色も悪い(死体だものな)。映画「マスク」のように緑色だ。彼の国籍はよく分からない。その姿は安定しておらず、スロット・マシーンのようにいろいろな知人に変って行く。金髪碧眼の西洋人のようにも見える。しかし、よく見るとそれは劇団員の山中氏だった。自分が死んでいることにまだ気づいていない。生から死への移行が、あまりにも滑らかだったせいらしい。一体どんな毒物を使ったのだろうか?笛を誰かに吹いてもらえ、と説得するが、信じようとしない。
「そんなの不条理だよぉ」などと言いながら、ぐらっ、とよろめく。どうやら足が言うことをきかないようだ。運動中枢も死んでいるからだ。
「ほら見ろ。俺達は死んでいるんだ。確実に腐ってゆきつつあるんだぞっ」
「でも……」
「確かに不条理だっ!しかし事実なんだっ!」
残る三人も一緒になって必死で説得する。早くしないと手遅れになってしまう。腐敗が始まれば、もうそれを止めることはできないらしかった。
ようやく事態を理解した山中氏のために、生きている人に笛を吹いてもらう。笛は吹いても音はしない。とするとやっぱり笛のように見えるがこれは笛ではないらしい。俺達は、山中氏のため(彼はもう自分では動けない)、空港ロビーにいる人々に次々とお願いしてゆく。しかし、なかなかよい結果を得られない。笛の表面にある複雑な模様は目盛りの役割もするらしく、どのくらい腐敗を止められるかを表示する。3時間とか半日とか、ひどいのになると30分なんていうのもあった。早くしなければ……。
次に傍らのオバサンに吹いてもらった。日本人だ。創価学会の婦人部、という感じの庶民的なオバサンだ。オバサンは最初はいぶかしんでいたが、何故か笛に興味をひかれたらしく吹いてくれた。なんだかとても楽しそうだ。そして笛の目盛りはなんと5日間を指している。すごいっ!さすが婦人部っ!みんな歓声を上げる。俺は自分が3日間だということを知っていたので少しうらやましい気がしたが、今はそんなことにこだわっている時ではない。与えられた3日間でなんとかするしかないのだ。なんとかする?何を?

相手の思惑通りにならないこと。それが俺達にできる唯一のことだった。訳の分からない巨大な力と戦わなくてはならない運命らしかった。誰かが我々の存在を邪魔だと思っている。だから殺そうと考えたのだ。相手の思惑を狂わせるために、俺達はこうして(笛を吹いてもらって)生き延び、かつ飛行機に乗るのをやめよう。 もう死んでしまっているのに「生き延びる」というのは矛盾しているのであるが、そうなのである。それが俺達にできるたったひとつの抵抗なのだ。しかし、「ここで戦うことが必要なんじゃないか」そう、主張する者がいた。山中氏だ。純情一本気な性格である。俺は、ここで騒ぎを起こすことはたやすい。しかしそれをぐっとこらえて長期的展望に立つのだ、などと説得する。……どのくらいの時間が経過したのかは分からないが、俺達は合意に達したらしい。

行動を起こさなくてはならない。まず飛行機に乗るのを止めるのである。仲間の一人が車を調達してきた。どうやら盗んで来たらしい。車に乗り込み外の世界へ走り出す。

赤茶けた、起伏の多い土地だった。小高い丘や細い山道が続く。赤土がむき出しになっている山の斜面に、しがみつくように緑が茂っている。本来的に乾燥した風土なのだろうか。南フランスのようにも、カリフォルニアのようにも思える。

車のスピードが落ちる。俺達は目的地に辿り着いたようだ。そこは 山のふもとにある町だか村だかの一角だった。住宅街が始まる手前にある一軒の店の前だ。外見は普通の、小奇麗な3LDKほどの建売住宅。平屋である。壁は白く、まだ新しい建物らしい。ひと気はなく、ドアも閉じられている。俺達は、ここを当分の間の隠れ家兼アジトにするつもりらしい。

ドライバーは静かに車を寄せる。素早く車から降りた俺は、腰をかがめながら家に近づく。まるで「スパイ大作戦」のようだ。なんとも古臭いたとえであるが、夢の中ではその古さに気がつかない。周りの気配を伺い、ドアを試す。カギがかかっている。家の側面に回り込み、部屋の窓を割る。窓の内側に白いレースのカーテンが密着していたため、たいした音はたたなかった。部屋に侵入する。

事務机や事務用品が目につく。簡単な作りの応接セット。高価なものではない。電話兼ファックス。人の住んでいる気配はない。どうやらここは店というよりも不動産屋の事務所らしい。 仲間たちが入れるようにドアのカギを開けておく。彼らは車をどこか人目につかないところに隠した後に、ここへ来るはずだ。

次の部屋を抜けると、その先に裏庭に続く窓が見える。俺はそこから景色を眺める。

そこは坂のある土地だった。

何故か、この坂をあの頂きへ向かって上っていかなければならないことに気づく。
それはどうしても為されなければならないことなのであった。

周りを見ると仲間たちもどうやらこの家(不動産屋)への侵入に成功したようだ。 基本的にいい人であることを知っているので、彼らがどじを踏まないか心配である。しかし俺はどうしてもこの坂を登っていかなければならないようだった。

仲間たちも
そのことを理解しているようだ。
一瞬目を合わせ、小さくうなずき合うと、俺は外へ出た。
道は土を突き固めただけのもので、車が通るのか轍ができている。
道の左側は川が流れ、右側には住宅がならんでいる。
それがはるか彼方の山の頂きまでずっと続いているのであった。

川の水は、もとはきれいな渓流だったものが、温泉などのミネラル分と乱開発によって汚れてしまっている。水量もない。黒や海老茶色に染まった沈殿物がむき出しになって、ところどころで干からびている。、苔だか、ミネラルだか、ヘドロだか分からない。きっとそれらの混合物であろう。しかし悪臭はない。夢の世界には不思議と臭覚がない。住宅に住む人間に不審がられないように、何食わぬ顔をして歩いて行く。すると、俺の目は二軒先の家の家に人影を認めた。自宅の中庭へ出てきた老婦人である。白人だ。金髪は白髪に近くなり、眼鏡をかけている。蝋人形や一昔前のハリウッドの特殊メイクのように、顔のシワが妙にはっきりとしている。一番上に青いカーディガンを羽織っている。もう、そろりそろりとしか動けないのだ。七十は越えているだろう。80代かも知れない。一瞬目が合う。しかし熟練の博打うちのそれのように、私の表情からは何も読み取られないはずだ。

大分歩いた。
振り返ると、侵入した家はもう遥か下方に小さく見えるだけだ。そしてなだらかな坂がずっと続いている。この山の頂きには古代遺跡のようなデパートがあるのである。デパート?何故俺はそんなことを知っているのだっ?

「ぐわんっ。ぐわんっ」と、また夢の中で記憶が蘇る。「ここには何度も来たことがあるっ!」そう。ここは何度も来た覚えののある夢世界だった。

山の頂きには遺跡のような建造物があった。巨大な石室のようだ。厚い岩でできている。床の小石を踏んだ時の、乾いた硬いもの同士がこすれ合うざらざらした感触まで、その粒のひとつひとつまでもが克明に記憶に刻まれている。天井の岩に四角く切り取られた出入り口から上の階へ行くことができる。 上の階はデパートの洋品売り場だ。大分明るい。床はリノリウム張りになっている。四角いリノリウム・タイルを敷き詰めたやつだ。 マネキンの立つ売り場などがならんでいる。今となっては古臭い。垢抜けないデパートだ。店員も退屈そうである。それともさびしいのか。客はほとんどいない。倦怠感は閉店時間が近いのであろう。70年代とおぼしき雰囲気が漂っていた。

エスカレーターがその上の階へと続いている。これは正面のエスカレーターだ、と思う。回り込み、他のエスカレーターを使う。他にもあるはずである。かなり規模の大きなデパートだ。 側面に当たる(昇降の方向が先ほどのものとは異なる)エスカレータを上って行く。 角度がゆるやかで、その分ひとつの階を上るために必要な距離が長い。俺はエスカレーターを上がって行く。そして階を上がる毎に、その雰囲気は70年代、80年代と続いていくのである。このデパート全体が、ものすごく不安定で、とってつけたようである。相互に何の脈絡も関連性もない。

事実を噛み締めるように俺は理解した。ここでは文明が地層のように積み重なっているのである。 まず考古学的な古層の文明があり、その上に近代文明が築き上げられている。 そしてそれらはけっして自発的な発展を遂げたものではなく、歪んでいた。自生的な近代化ではなくアンバランスに文明が入り込んでいる。

「ぐわわぁんっ。しゅぴんっ!」

と、夢の中で回想から引き戻される。 俺は再び乾いた坂道に立っていた。道は土を突き固めただけのもので、車が通るのか轍ができている。 左手には汚れた川があり、右手には住宅。先ほどの場所だ。しかし、ここがどこであるのかを思い出したのでもうこの坂を登る必要はなくなったのだ。

夢の世界の雰囲気は緊迫している。残してきた仲間たちには、今や危機が迫っていた。あの老婦人がこの世界の警察に通報したのである。建物から物音や会話が漏れてしまっていた。

カン。カン。カン。カン。カン。カン。カン。

と、まるで警報機のように夢の世界の緊迫感は高まっていく。俺は走り始めた。すでに警官隊は用意周到に不動産屋を取り囲んでしまっている。彼らはハリウッド映画に出てくるやたら発砲する警官隊で、青い制服を着ている。それらのことが、一種の必然として、手に取るように理解できてしまうのであった。

俺は走りつづけている。呼吸も荒く、胸が苦しい。走りながら、きっと俺達は撃たれても平気なのだろうなあ、すでに死んでしまっているんだもんなあ、などと思う。しかし撃たれても死ねない、ってのはとてつもなく嫌な経験なのではないだろうか……。これからタランティーノばりのバイオレンス・アクションが始まるのだろう事は分かっていた。仲間たちは大丈夫だろうか?何か武器になるようなものがあの不動産屋にあるのだろうか?悲劇が始まってしまう前に俺は間に合うのだろうか?俺は必死に走りつづけた。焦燥感に身体の内側を焼かれながら走りつづける。そして痛いほどの尿意によって俺は夢の途中で目が覚めてしまった。寝汗をびっしょりとかいていた。

 

 

【解説】

 

 自分を含めた友人たちがゾンビ化しているという、一見すると非常にエキセントリックな夢のようであるが、何故こんな夢を見たのかは割と説明しやすい。これらは基本的には昼間の「残滓」であるからだ。

 この夢を見た日、エセックス大学社会学部ではマスター・ディサテーション・デイというものがあった。これは修士論文提出予定者たちによって行われる研究発表大会である。いくつものセッションに分かれて、午前と午後の部が行われる。記念撮影もあったらしい。俺は修士論文の対象者ではなかったが、午後から参加した。

 その晩、学部主催で、一種の打ち上げ、というか懇親会が催された。最初にパブへ行き、その後インド料理のレストランへ参加者は招かれた。もちろん費用は学部持ちである。楽しいひとときを過ごした。

 学生たちの年齢もまちまちで、日本に比べれば圧倒的に高い。海外からの留学生も多い。そうした学友たちと語らっているうちに、あっという間に時間は過ぎていく。すでにバスもなくなり、帰りは、20人ぐらいで夜道を歩いて帰った。歩いて20分ほどの距離であったし、酒も入っていたので寒さは気にならなかった。

 歩きながら、歌い、笑い、叫び、ジョークを言い、議論し、財布に入っている子供の写真を見せる。

 イギリスの修士課程は一年間である。つまりこの論文が終われば、みなそれぞれの国に帰って行くのだ。そして、どこの国でも、大学などの研究機関に職を見つけるのは簡単ではない。

 歩きながら、ふと、俺はみなが戦友であるかのような気がした。国籍も様々な混成部隊。派遣された戦地で、夜の町に酒を飲みにでも出かけているかのような気がしたのだった。

 その夜みた夢が今回の夢である。この日の出来事によって喚起された感情・情動が、夢の中で象徴化されている。死人であるということは文系大学院生の社会的な弱さ。期限が限られていることからもそれが理解できる。劇団員の山中氏も出てきているが、小劇場の役者の大変さ、社会的な弱さとも一脈通じるところがある。そうした今現在の俺たちの立場は、文明をはじめとするより大きなシステムによって構成されているのである。敵は分からない。システムそのものなのかもしれない。巨大遺跡のようなデパートはそれを象徴している。どこか歪んでいるのだが、それを修正しようとすると、土台から崩れてしまいそうだ。現代文明批判にもなっていて興味深い話ではある。ただ、夢の中で思い出したように、そこは何度も行ったことがあるお馴染みの夢世界らしい。

 それから、以前に観たタランティーノの『フロム・ダスク・ティル・ドーン』の影響が見られる。これはバンパイアーもので、このタイプの話が持つ意味については別の機会に検討したい。いずれにしても、この後の展開と話の結末がどうなったのか気にかかるところであるが、それは今後の俺たちの人生で、次第に判明して行くのであろう。

 

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1998年2月22日の夢

2月 26, 1998 under 夢日記

夢日記【第一回】
ストレンジャー・ザン・パラダイス
Stranger than Paradise(註0)

夢日記(1998年2月22日)

 大学にいるらしい。イギリスで、今いるエセックス大学(註1)のはずだった。しかしこの大学はどこから観ても巨大な日本庭園である。ビルディング類はひとつも見当たらない。周りには水が流れている。それも豊かでゆったりとした流れである。巨大な岩が置かれ、松の木なども植えられている。敷地自体が一種の巨大な中州のようである。なんと風流な大学であろうか。
 流れの側の視点からそれを観ている、ということは船にでも乗っているのであろうか。水は濁っているわけではなく、水量の豊富な緑の清流で、上流では上下に重なった平たい二枚岩が流れに洗われている。二枚岩は細長い楕円形で平らである。まるで川岸にできた自然のテーブルのようだ。15センチぐらいある岩の間には水ゴケのように何かが付着している。薄い黄色で乾いていて、かつ弾力性のある感じだ。コケとはおもえない。よく観るとそれはケーキのカステラ部分だった。
 私は図書館に本を探しに行くらしい。しかし見渡す限りの日本庭園でそれらしき建物はない。そこで電話が入った。特に受話器を持っているわけでも携帯電話を持っているわけでもないのに受け取ることができる。それは同じ大学院にいるY.M.さん(女性)(註2)と彼女の弟である。夢の世界の右上方の空間に丸いウインドウが開き、映像も入る。二人の顔ははっきりしないが、何故かそうと分かる。顔が見えないのは喜びの光で輝いているためだ。しかし微笑んでいることは分かる。二人ともとても仲がよいようだ。楽しそうである。顔が見えないのに微笑んでいることが分かるなんて、まるでチェシャ猫のようである(註3)。
 電話で彼女は、図書館には私の探している本はない、けれども「川の上流にある図書館にならありますよ」と教えてくれた。ありますよ、という彼女の声の最後の部分が樹々の間をこだまして、消えて行く。ああ、なるほど。そうだなあ、などと思う。川の上流に企業が一般に開放している図書館があることを思い出す。その名前までは記憶にない。この人はいつも役に立つ情報を送ってくれるなあ、などと感謝しつつ川の上流へ向かう。やはり船かボートに乗っているらしい。自分で漕いでいるわけではないからモーターがついているのであろう。川の流れを苦もなくさかのぼって行く。きっとここでは水上交通がバスのように発達した交通機関なのであろう。非常に便利である。
 流れをさかのぼって行く途中で、また先ほどの二枚岩のあるところへ来た。岩の間には今度はもっと黄色いものが付着しており、それはどんどん増えている。ひとめ見ただけでそれがチーズであることが分かった。「ああ、こんなにチーズが積もっているのかあ。これじゃあ図書館に本があるわけないよなあ」などと妙に納得する。どうやらこの二枚岩が図書館の蔵書状況を示す掲示板の役を果たしているらしい。二枚岩を通り過ぎ、私はさらに流れを溯って行く。 突然上流に図書館が現れる。それは黒い鋼鉄でできた巨大な建物である。無駄な装飾など一切なく、壁もみな鋼鉄である。「メトロポリス」(註4)にでてきた巨大な機械工場のようだ。川幅と同じ幅を持つ入り口がぽっかりと開いており、そのまま船ごと建物に飲み込まれていった。 いつのまにか船を下りており、部屋に入っている。部屋といっても体育館がいくつも入るような巨大な空間である。天井も高い。人気はまったくない。棚がずっとどこまでもならんでおり、それが仕切りともなっていて、いくつかのブロックを形成しているようだ。そしてすべてが鋼鉄でできている。ますます工場のようだ。中は薄暗い。しかしためらわず本を探して進んで行く。床は鋼鉄製の金網だ。人間の体重ぐらいではびくともしない。頑丈である。手近な棚から調べ始める。見てみると棚は書棚ではなく平棚で、そこにはドリルやスクリュー・ドライバーなどの工具類がきれいに並べられてある。それが3、40メーターぐらいずっと続いている。工具類は使われた形跡はなく、すべて新品同様で、油をはってある。そして、同じ物はひとつとしてないようだ。そのことが何故だかとても重要なことに思えた。「このセクションはちがうようだなあ」などと考えながら、別のブロックへ向かって歩いて行く。もう、工場というよりもドゥ・イット・ユアセルフ(註5)のようである。しかし内心では、無性に知的好奇心をくすぐられている。全体の構成を把握したいという知的な欲望を熱く感じている。
 ある棚の角をまわると、突然人に出くわした。ぶつかるほど近距離ではなかったが、相手はひどく驚いたようだ。目をみはり、眉をつりあげている。男性だ。40代ぐらいだろうか。東洋人で、オレンジ色の服を着ている。それはカンフー着(註6)かあるいはスタートレック(註7)にでてくる宇宙船の乗組員の制服のようだ。カンフー着だと思ったのは相手が東洋人だったからだろうか。男は愕然として立ち止まっている。なぜそんなに驚いているのか。 やばそうだなあ…・。そう思いつつも平静をよそおって男の傍らを通り過ぎる。すれ違っても何も言われなかったのでほっとしていると、「待ちたまえっ!」と、背後から詰問口調で声をかけられた。もう少し距離を稼ごうと足を止めずに「いや、本をね。本を探しているだけなんです」などと応える。相手が追いかけてくる気配を背後に感じたので自分も走り出した。もう全力疾走である。なんどか角を回り、相手の気配は遠ざかる。そうして私は建物のかなり奥深いところまで来てしまったようだ。 次の角を回ると、(角といってもみんな棚なのであるが)今度は別の男に出くわした。やはり同じ制服のようなものを着ていた。信じられないものを見るような目つきで私を見ている。あまりのショックに声も出ないようだ。今度の男もやはり東洋人で、カンフー映画の端役のようにどじょうひげを生やしていた。するとやはりあれはカンフー着だったのだろうか。男は田舎の乱暴者のようなしたたかそうな顔つきをしている。愕然としている男の胸のあたりに字幕が出た。「犬田権造」と読める。この男の名前だろうか。字幕が消えると、男は「うぬっ」と声を発して私につかみかかった。間一髪でそれをかわすと、私はまた走り始めた。逃げるのだ!今度はさっきよりも必死である。背後から男の「待てっ」とか「どこから…」などという声が聞こえてくる。男は恐ろしく身軽で、棚を飛び越えたりしながら追ってくる。だが、かえって工具に服のすそがひっかかってずっこけたりしている。棚が倒れ、工具類が床に散らばる派手な音が背中に聞こえる。もうまちがいない。男はカンフーの達人だ。それはあの訳の分からない跳躍力からも明らかだ。必死に逃げる。 どこをどうやって逃げたのかは分からないが角を曲がり、ふと気がつくと棚の上には農具がずらっと並んでいる。干し草を扱う巨大なフォークみたいなものや、鋤などがずっと並べられている。みな新品で金属部分は光っている。どれも使われた形跡はなく、そしてどれひとつとして同じ物はないのだった。
突然、閃光のように考えがひらめいた。「ここは農具のセクションだっ!」(だから何なんだ?)。そう思った瞬間、目の前に別の男が立っていた。同じ制服。東洋人。ずるがしこそうな目。そして胸のあたりにまた字幕が出た。「犬山権造」と読めた。さっきの男と一字違いだ。男は私の心を読んだかのように言った。「そうだ。ここには同じものは何一つとしてないんだ。同姓同名もな。みんな一つずつ違うんだ」 背後からはさっきの男が追いついてきた。そして最初の男もやって来て言った。「いったいどこから入ってきたのか…」私は囲まれる形になった。絶体絶命だった。最後の男(犬山権造)は私の顔を見詰めながら、にやりと笑って言った。「ひとつひとつ全てがあるのさ」
 その途端、私は全てを理解した。ここは秘密の宇宙船で、現代文明の全てをひとつずつ集めて載せているのだと。何か知らないうちに進行している陰謀の現場へ、私は迷い込んでしまったのだと。またこんなことも考えていた。ああ、やはりあれはカンフー着ではなく宇宙船の制服だったのだ。あるいはその両方を兼ねているに違いない。そしてその考えにはひどく確信があった。そして今はピンチだ。なんとかこの場を切り抜けなくては…。焦りながら思考を巡らしていると、目が覚めた。

自己分析

 さて自己分析である。ここではJ. E. Cirlot, A Dictionary of Symbols, second edition, Routledge,1971に依拠して考えてみよう。まず最初に現れる重要なシンボルは「水」である。近代の精神分析の観点からいうならば、このシンボルは無意識そのものを表象している。流体であることは無定型、かつ力動的な動機、また人格の女性の側面、生命誕生の源である母性、さらに創造と英知を意味している。これらは神話学においても同様である。このように眠りの中で無意識から力と創造力を得ていることが分かる。精神を腑活させる眠りの働きの不思議であろう。川の流れであることから、それはまた不可逆的な時の流れをも表象している。上流に向かって溯って行くことから時間の遡行への願望であろうか。老いへの惧れがあるのかもしれない。
 次に二枚岩であるが上下に重なっているところから、これは性的なものであるように思われる。岩の間にケーキのカステラやチーズという乳製品が積もってゆくところからも、どうもそうらしい。さらにそれが積もることと図書館に本がないこととが因果関係として理解されている。知性と性欲との対比であり、そのような欲望を客観的に見つめつつ、あくまで知的探求に向かって行く。夢とはいえ立派である(笑)。
 性的といえば登場するただ一人の女性であるY.M.さんであるが、これはご本人とは特に関係がないのであろう。それは顔がはっきりとしないという点からも明らかなようだ。特定の個人ではなく、もっと抽象度の高い女性原理のようなものを表象しているのであろう。弟(幼児の様だ)と仲良しであり、輝いていることから、一種の聖母、あるいは大地母の象徴である。これらは前述した水のシンボリズムと同一視されることもあって、その意味では無意識と創造性を表わす。また婚姻と失われた永続性に対するノスタルジーであるとともに、ユング派においては「運命の神」の象徴である。ここには、一種の動機づけと指標の役割を果たす女性と、その指示によって冒険の旅に出るという基本的な物語原型が反復されている。そして前述した川のシンボリズムと考え合わせるならば、それは不可逆的な時の流れを遡行する旅である。同一のシンボルがこのように繰り返し現れていることから、これは単なる老いへの惧れだけではなく、時を溯り新たな自己解釈・自己探求をしようとする精神的な営みの現われでもあるのだろうか。
  またこの「時」の遡行が性的な意味を持っていることは、おそらくフロイト学派の解釈によれば容易に判明するであろう。川の流れ(時間)を溯るということは、二枚岩(性交)、図書館の出入り口(出産)、図書館内部(子宮)というシークエンスを持っている。つまり図書館での冒険は江戸川乱歩が執拗に追求したテーマであった「胎内巡り」であり、子宮回帰願望の現われ、とする解釈である。現在から、出生前の過去に一度溯り、新たな自己を獲得しようとしている一種の「生まれ直し」である。
さて、東洋人であるが、おそらくこれはシャドウであろう。つまり他人の形に投影された自分自身だ。それがずるがしこい東洋人だったり、田舎の乱暴者だったりしているのは、西洋人の眼から観た自分、つまり彼らには自分がこう見えているのではないかという想定された自己であり、その意味で社会的な自己像であるといえるだろう。西洋人の観点を想定していることはカンフー着からも理解することができる。カンフー着とは東洋的なもの、さらにいえばあくまでも西洋によってつくられた東洋的なものであり、サイードのいうオリエンタリズムを示しているといえよう。これは白人社会に暮らしているプレッシャーの現われだろうか。  さらに日本庭園である。どうしたことだろう。ホームシックなのだろうか。日本に帰りたいとは(少なくとも意識的には)思ってはいないから、これは郷愁のようなものなのだろうか。日本をシンボライズしているのであろうか。そうだとすればこれは郷愁というよりも、むしろ西欧への対抗意識としての日本文化の象徴のように思われる。対比として図書館が機械化された鋼鉄の塊であることに注意したい。同時にそれは近代文明をも象徴しているのである。植民地主義によって蓄積された膨大な知識量と、獲得された圧倒的な力の差の表象であろうか。よく海外からナショナリストになって帰ってくるという話を聞く。私の周りでも、愚痴や文句ばかり言っている日本人がたくさんいる。私自身も腹の立つことが多い。つまり、外国というそれまでの自分の育ってきた文化や常識が通用しない世界に暮らすと、それらに対する反発や対抗意識が(おそらくは防衛機制として)発生するのではないかと思われる。それによって自己否定を拒否するためである。
  同じ物はひとつとしてない、という考えが一種の洞察として、何度もひらめき、印象に残っている。これが今回の夢のテーマなのであろう。このことは先の怪しい東洋人という自己イメージと合わせて考えるとわかりやすいだろう。つまりこれはアイデンティティの希求である。言語や習慣の違う異国にあって、ともすれば自分の存在が群衆の中にまぎれて見えなくなってしまうことへの恐れであるといってもよい。白人からみればどれも同じようで見分けがつかない東洋人でも、実は同じ人間など一人としていないのだ、ということを訴えているかのようだ。また彼らの名前が「犬田」とか「犬山」とかいう動物名をあしらったものであることに注意しよう。つまりこれらは人権の主張でもあるわけである。
 さて、素人の夢分析はこれくらいにしておく。このように、以上の夢からも、私が異国の地で結構頑張っていることがよくお分かりいただけたであろう(笑)。そう思ったあなた、ぜひ筆者に感想、激励の手紙を出しましょう。また、今後も夢日記はつけてゆこうと思うので、続編が読みたい、という人には電子メールで配信いたします。また、以下に連絡先などを記しておきます。ちなみに私の誕生日は5月17日で、留学中にその日を迎えます(だから何なんだ?)。 最後になりますが卒業生のみなさん、卒業おめでとう。今年はみなさんの卒業の姿を見られないのが残念です。社会へ出て、これからいろいろ大変なこともあるでしょう。ある意味では、それはストレンジャーになることであるといえるかもしれません。けれど皆さんのひとりひとりが皆それぞれの個性を持った貴重な人間であることを忘れないで下さい。まあ、つらい時には夢日記でもつけて(笑)、ゼミ室にでも送ってください。創友会の折りにでもお会いできることを楽しみにしています。それでは。

1998年2月26日
初出誌:『Weisheit』、1998年。

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註0
筆者(粟津)は、Eメール友達である松本雄一氏(神戸大学大学院)のHPに掲載されている人気企画「松本雄一の夢十夜」にインスパイアーされて夢日記をつけ始めた。本稿はその記念すべき第一弾である。
また『ストレンジャー・ザン・パラダイス』は監督ジム・ジャームッシュ、主演/助演ジョン・ルーリー、エスター・バリントによる1984年米・独共同制作による映画の題名である。この作品によってジム・ジャームッシュは一挙にメジャーに進出した。その意味で出世作であるといってよい。またこの作品は、モノクロ、自然体の独特の間など商業主義一本のハリウッド映画に対する強烈なアンチ・テーゼであった。現在留学中の筆者(粟津)は好むと好まざるとに関わらずストレンジャーであり、そうした意識がこの夢にも大きく影響を与えているらしい。そこで本稿のタイトルとしてこれを借りることにした。[本文に戻る]

註1
筆者が留学している大学。社会科学、特に社会学部と経済学部が有名で、研究機関としての評価も高い。敷地はWivenhoe Parkという田園の中にあり、うさぎが沢山いる。しかし日本庭園のようではまったくない。また小さな人工の湖はあるが川はない。英国では新しい大学であり建物は典型的な60年代のモダン・スタイルで、環境にマッチしていない。タワーと呼ばれる、ヨーロッパで一番高い煉瓦ブロック建築であるという地上15階建ての学生寮(学部生用)が建ち並んでいるが、今となってはむしろ醜悪でさえある。大学のメインの校舎は、二つの岡の間にあった空間を埋めるように作られていて、橋渡しする地下通路によってすべての学部にアクセスすることができる。しかしどこがどうなっているのか把握しにくい複雑な構造をしていて、まるでラビリンスである。事前に調べておかないと教室にたどり着けないこともある。教員ですら教室を間違うことがある。ここを設計した建築家はその後発狂したという。[本文に戻る]註2 社会学部大学院博士課程に所属する友人。外語大、早稲田を経てエセックスへ来た。社会史を専攻しており、歴史学の素養のない私は文献などをよく教えてもらっている。ハイカルチャーで育ち、部屋からはいつもクラシック音楽が聞こえてくる。弟がいるのかは不明。残念ながら日本に彼氏がいるらしい。ヴィクトリア朝女性史をフェミニズムの立場から再構成しようとしているので、当然の事ながら言葉に気をつかわなくてはならない。[本文に戻る]

註3
ルイス・キャロル(1832-1898)の有名な物語『不思議の国のアリス』の中に出てくる猫。いつもにやにや笑っていて、次第にその姿が消えてしまっても、にやにや笑いだけが残るという不思議な猫である。チェシャー地方は乳製品、特にチーズの産地であり、ここから写真撮影のときに「はい。チーズ」という慣習が生まれたという通説がある。しかしこの説は高山宏『アリス狩り』(青土社)によって反駁されている。なお、キャロルの本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジスンという数学者であり、生涯をオックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジの学寮で過ごした。当時の学長の娘であった少女アリス・リドゥルのために書いたのが前述のAlicein Wonderland(1865) であり、続編にLooking Glass(1871、邦題『鏡の国のアリス』)がある。クライスト・チャーチの向かい側にはアリス・ショップがあり観光スポットともなっている。ちなみに今年はキャロルの没後100年に当たる。[本文に戻る]

註4
Metropolis(1926)Germany, Directed by Fritz Lang, Screenplay by Thea von Harbou. 当然ながらモノクロ、サイレントである。1984年の編集バージョンには音楽等が入っている。内容は、いわゆるアンチ・ユートピア物であり、極端な階級社会となってしまった高度に機械化された未来文明における人類愛の追求がテーマ。実写とは思えないほど人物がよく動き、宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』にも、この映画の影響が色濃く出ていることがわかる。前述した社会学部大学院では毎年2月にGraduate Weekendが行われる。これは週末をホテルに滞在し、知的に過ごそう、またよく知り合おうというようなコンセプトで行われる。いわば合同合宿のようなもので、プレゼンテーションや討論を中心に行われる。発題者は教員かドクター以上の専門家で、全体会、分科会などがある。今年(1998年)はSouthendという海岸沿にあるリゾート地にて行われた。まるで熱海のような衰退しつつある観光地であった。結構、企画は盛りだくさんで、パーティや映画鑑賞などもあった。そこで観たのがこの映画であった。[本文に戻る]

註5
日曜大工の材料や工具を扱っている店。イギリスでは壁の塗り替えぐらいは自分でやるのが庶民の常識となっている。当然そうした店も多い。同系統の店はアメリカをはじめとする先進国、たとえば日本にも見られる。社会学者Peter Bergerは、こうした意識が近代社会特有のものであることを指摘している。Berger, Peter Berger, Brigitte Kellner, Hansfried, The homeless mind; modernization and consciousness, New York: Random House, 1973(邦訳『故郷喪失者たち:近代化と日常意識』新曜社、1977年)を参照。[本文に戻る]

註6
週刊少年ジャンプの連載中に大ヒットした漫画、鳥山明『ドラゴンボール』(集英社)で主人公の孫悟空が闘いの時に着ていたような衣装である。闘いという「ハレ」の時には必ず着用された。背中の「亀」のロゴは、当然ながら師匠である亀仙人の弟子であることを示している。ここから彼(孫悟空)のアイデンティティが、あくまでも師弟関係に忠実なものであることが分かる。ちなみに、その子供である孫悟飯はピッコロ大魔王の下で修業したことから、魔王と同じ衣装、あるいは「魔」とロゴの入ったものを好む。なおこの作品はテレビ・アニメ化され同じく人気を博し、「ドラゴンボールZ」、劇場公開用のオリジナル版数本、さらに「ドラゴンボールGT」と原作終了後も続編が作られたが、あきられたのか最後のシリーズは短命に終わった。[本文に戻る]

註7
6、70年代アメリカの有名なSF。スペース・オペラ物。もとはTVドラマであり、現在でも根強い人気がある。90年代に入っても劇場版の新作が製作されている。これを観て育ったベイビー・ブーマー世代(日本で言うと団塊の世代)が現在のアメリカ社会の中堅層を形成しており、親子二世代のファンがいる。小説はキャプテン・ゴードン・シリーズのように複数の著者によって書きつがれており、翻訳は早川書房と徳間書店から出版されている。宇宙船エンタープライズ号、登場人物のカーク船長や耳の先が尖ったエイリアンであるミスター・スポックはあまりにも有名。乗組員の制服は当然ながら身体にぴっちりとしたタイツ系である。おそらく素材はナイロンなどの石油化学繊維だと思われる。しかし色は銀ではなく暖色を使っている。昔のTV版が現在イギリスBBC1で再放送されている。当然セットはちゃちく、他の惑星だというのにカウボーイみたいな人がいたりする。日本では寺沢武一の名作『コブラ』(集英社)に、その影響がうかがわれる。[本文に戻る] 

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