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8月 16 2008

1.千葉館山歴史ツアー。

category: 学部ゼミから author:

前期のゼミでも告知した通り、8月12日火曜日に千葉県館山市に行ってきました。都合が合わずに来ることの出来なかったゼミ生もいましたが、このブログを読んでくれればと思います。
まず最初に、NPO法人安房文化遺産フォーラムの代表である愛沢伸雄さんと副代表である池田恵美子さんに会いました。池田さんがスライドを使いながら館山の歴史について話してくれました。愛沢さんは、かにた村にある「噫(あぁ)従軍慰安婦」の石碑を見て「このままではいけない。」と思ったそうです。貴重な話をたくさん聞くことが出来ました。ありがとうございました。
昼食後に「赤山地下壕跡」に行きました。
「赤山地下壕」とは、太平洋戦争の終わりの頃、この赤山地下壕の一部が館山海軍航空隊の防空壕として使われていた。いつ頃作られたかということは、赤山地下壕に関する資料がほとんどなく、はっきりしたことはわかっていない。合計した長さが1.6Kmあり、全国的にみても大きな壕である。終戦の日まで建設工事が行なわれていたという証言もあるため、未完成であることは確かです。(パンフレットを見て作成。)
夏休みということもあり、家族連れの人や、年配の団体の人がいました。ヘルメットを被って、いざ中へ・・・。中は思った以上に冷えていて、半袖では寒いくらいでした。外との温度差がすごかったです。見学ルートには電気が付いていますが、それ以外の場所は真っ暗です。間違えて入った場合は確実にまずい状況です。中は非常に入り組んでいます。未だに謎が多い壕であることは確かです。
次に向ったのは「かにた婦人の村」です。
「かにた婦人の村」とは、婦人保護長期収容施設です。池田さんの話によると、各都道府県に保護施設というものはあるそうで、その中でも重度の障害者の方が「かにた村」へ来るということです。1965年に設立し、国有地であった場所を約1億円で買い取ったそうですが、国はほとんどお金を出してくれなかった。世界中のクリスチャンから援助が募ったということです。
「かにた村」を訪れた理由は、この敷地内に「噫従軍慰安婦」の石碑があるためです。「かにた村」がある場所も高いですが、石碑がある場所もさらに小高い場所にあります。(「噫」とは、苦しくて声が出ないという意味だそうです。)
もう1つ、普段は見学できない場所である「128高地」の「戦争指揮所・作戦室」の地下壕にも行きました。先に行った「赤山地下壕跡」とはまた違い、少し状態が危ないようです。この壕は3層説があるようですが、入った場所が1階とすると、地下は水が溜まり、とても行ける状況ではないようです。(2階も行けません。)見学している際も、歩くと地面から水が出てくるような・・・危ないです。天井には龍が彫られていて、何のために彫られたのか謎だそうです。ガイドさんもしきりに「ここは、あんまり来たくないんだよなぁ・・・。」ということを言っていましたので、危険なのかもしれません。
次に向ったのは「洲ノ埼海軍航空隊 射撃場跡」です。この場所は、全国でただ1つの兵器整備練習航空隊で、操縦以外の航空機に関わる専門技術を学ぶ養成機関だったそうです。通称「洲ノ空」と呼ばれる施設。射撃の的(射撃場照準壕跡)を置いた場所も見ましたが、壁が崩れてきていました。ここも少し危ないそうです。戦争遺跡の保存は難しい問題であるようです。銃弾の跡も残っていました。
その次は「戦闘機用掩体(壕)」に行きました。どこにでもある野原の場所にトンネルのような形をしたものがありました。これは、戦争末期に空襲から戦闘機を守るために作られた「掩体壕」と呼ばれている格納庫だそうです。この壕の近くに真っ直ぐな平らな道がありましたが、昔はもっと横幅があり、滑走路だったようです。しかし、戦争末期にはガソリンも不足し、格納庫に入れる際は人の手で運んでいたとガイドさんが話していました。飛行機を人の手で運ぶなんて・・・現在の飛行機と比べれば小さいですが、それでも車よりは大きいわけで、大変な作業だったのではないかと思いました。
最後に向った場所は、「大巌院」というお寺にある「四面石塔」を見に行きました。これは1624年に建立された石塔で、インド・中国・朝鮮・日本の言葉で「南無阿弥陀仏」と刻まれています。特に朝鮮文字は初期ハングル語のもので、現在使用されていない文字があるそうです。
朝7時に川崎集合で最後に見学した「大巌院」で16時頃でした。1日を使って、かなりの戦争遺跡を見学することが出来たと思います。愛沢さん、池田さん、そしてガイドをしてくださった方に感謝です。お隣の県である、千葉にこんなにもあるとは想像もしていませんでした。そして企画をしてくださった院生の小薗先輩、運転を引き受けてくださった宮崎先輩、お忙しい中、本当にありがとうございました。感謝感謝です。そして今回参加できなかったゼミ生も、次の機会で参加してください。
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「アルバム。」
          
     
     
○「赤山地下壕入り口」
○「かにた村の丘から」
○「『噫従軍慰安婦』の石碑」
○「戦闘指揮所」・・・「昭和19年12月竣工」「中島分隊」と記載されている。
○「地下壕」・・・内部をみんなで見学中(ヘルメットは必須です!!)
○「作戦室」
○「地下壕入り口」・・・普段は見学できないので立ち入り禁止のロープをするガイドさん。
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○「洲ノ埼海軍航空隊 射撃場跡」・・・スタート地点です。的があるのは遥か先に。
○「同上」・・・スタート地点から的に向けての道。
○「的の近く」・・・ロープで「国有地」と「私有地」で隔てられている。
○「的の壕」
○「的近くにある銃弾の後」・・・茶色いものが銃痕です。
○「戦闘機用掩体(壕)」・・・資材置き場かという感じですが・・・。
○「同上」・・・零戦の絵を見せて説明するガイドさん。
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○「大巌院」・・・お寺にテンションが上がる香川さん。
○「同上」
○「四面石塔」
○「同上」・・・左から院生(他大)の留学生ノさん・院生の小薗先輩・ガイドさん・中山・香川さんで撮影者は宮崎先輩
○「大巌院」・・・走ったのは仏像見たさの香川さん。
○「車内で」・・・ノさんと香川さん
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「おまけ。帰りのうみほたるにて。」
          
○「謎の置物」・・・不振がる女の子。
○「正体は熊?」・・・それにのる香川さんと通行人?の宮崎先輩。
○「集合写真」

One Response to “1.千葉館山歴史ツアー。”

  1. 安房文化遺産フォーラム says:

    AGENT: Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; GTB6; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.04506.30)
    その節はご来訪いただき、ありがとうございました。
    このブログをNPOの公式サイトでも紹介させていただきました。
    不都合がありましたらご一報ください。
    http://bunka-isan.awa.jp/News/item.htm?cid=c&iid=226

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